二十年以上東京に住んでいた僕が福岡に移住して考えたいくつかのこと ①ラーメンについて考えた 我妻許史

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ラーメンについて考えた

「麺の硬さはどうしますか?」
 定番の問いに僕は「普通」と答えた。初夏である。オープン直後の店内はすでに満席で、隣のテーブルにいた若いカップルの女の子は胸元を仰ぐ手を止めてチラッと僕のほうを見た。体感で一秒。すぐに女の子は、正面を向いて彼氏と話を再開したけれど、なんとなくその視線が嫌だった。
「カタ頼まない人初めて見た」
 同行者にそう言われて、視線の意味がわかった。確かに、その後ラーメンを食べ終えて退店するまで、「普通」と注文した人は一人もなく、八割は「カタ」残りは「バリカタ」だった。なるほど。「普通」を頼むのはここでは異端で、「カタ」がデフォルトの注文の仕方なんだ。
 じゃあ……。僕は思った。「カタ」が「普通」じゃねえか、と。
 店員は麺の硬さを問う。それに対してほとんどの人は「カタ」と答える。だったら、「カタ」をスタンダードのゼロ地点に配して、「普通」とされている硬さを「ヤワ(?)」ないし、それに近いものにすればいいじゃないか、と僕は思ったわけだ。
 その日から僕はラーメンの話になる度に「カタを普通にすればよくない?」と言っている。友人は「ははは……」と返す。担当美容師は「まあ、そっすね」と言う。バーのスタッフは「たしかにー」と言った後に「で、何飲みます」と言って空のグラスを指差す。
 わかってる。郷に入っては郷に従え。麻生には、「カタ」と「やわ」がある。今では俺も「カタ」を注文する。

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