ジャン=フィリップ・トゥーサン/浴室 ブックレビュー

レビュー/雑記
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羽根のように軽い、チャーミングなトゥーサンのデビュー作

(1)午後を浴室で過ごすようになった時、そこに居を据えることになろうとは思ってもみなかった。

ジャン=フィリップ・トゥーサン 『浴室』訳 野崎歓 集英社刊 P-9 

こんな出だしで始まるこの小説。

作者は、28歳の新人ジャン=フィリップ・トゥーサン。パリの名門「ミニュイ社」から出版されたこの小説はフランスでヒットして、日本でもかなりヒットしたみたいだ。

読者層は若者が多く、特にオシャレな女子を中心にヒットした。

たしかにこれはオシャレな小説だと思う。理由は不明だが、すべての段落にナンバリングがふってあり、章は3つに分かれていて、

  • 第一章「パリ」
  • 第二章「直角三角形の斜辺」
  • 第三章「パリ」

二章の「直角三角形の斜辺」というのが謎で、その謎さもオシャレさを醸し出している。「パリ」で始まって「直角三角形の斜辺」、そして「パリ」へ。

「パリ」で「直角三角形の斜辺」を挟んでいる……。トレ・ビアンである。

この小説の特徴は、まず「斬新」、そして「読みやすく」「軽い」

ぼくの持っている集英社刊の小説でページ数を確認すると全159ページ。読了するまでにかかる時間は3時間ってところだ。朝、パンを焼いてコーヒーを飲み、シャワーを浴びたら光の差し込む部屋でソファーに腰かけて『浴室』を読む。その日のランチまでには読み終えるぐらいのボリュームだ。

そして読後感もすこぶる良い。苦悩も屈託も妙な心理描写もない。そこは訳者の野崎歓の訳による部分も大きいと思う。

この小説のあらすじは、主人公の「ぼく」が浴室で生活をはじまるところから始まる。恋人のエドモンドソンはぼくを浴室から出るように説得しようとし、アートギャラリーでパートをして家計を助けてくれたりもする。とても素敵な彼女なんだ。

こんなスタートだから、どうやって主人公は浴室で暮らしを続けるんだろう。いつか普通の生活に戻るのだろうか……という気持ちでページをめくっていくんだけど、けっこうあっさり出る。どのぐらいで出るかというと、ちょっと確認してみますね。

(11) 翌日、ぼくは浴室を出た。

ジャン=フィリップ・トゥーサン 『浴室』訳 野崎歓 集英社刊 P-16 

開始16ページ……。早い(笑)

その後も旅行に行ったり、テニスをしたり、浴室は? ってなるんだけど、とにかく読みやすいからなんだか分からないうちに読み進めてしまう。

この小説を読んで、ぼくは写真家のHIROMIXを思い出した。どこかアマチュアっぽくて、とにかくセンスがよくて、一時代を築いた若い才能。

もちろん、トゥーサンもHIROMIXもデビュー時はアマチュアっぽくみえたけど、どちらも権威のある凄い賞を取っているし、本物のアーティストだ。

多分、これらの魅力は「自分にもできるかも」と思わせるところじゃないかな。

『浴室』は本当に文学特有のエラソーな感じがない。自分でも何か書いてみようかな、という気持ちにさせてくれる小説だ。苦悩や心理描写がないと文学にならないと思ってる人もいると思うんだけど、この羽根のように軽い鮮やかでチャーミングな小説は、そんな先入観をヒョイっとユーモラスに飛び越えてくれるユニークな小説だ。

この『浴室』も面白いけど、次作の『ムッシュ―』も『カメラ』も面白い。その次の『ためらい』からちょっと作風が変わってシリアス風味になる。

ところで椎名林檎の『勝訴ストリップ』に入ってる”浴室”ってトゥーサンから取ったのかしら? 誰か知ってる人教えてください。

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