J.D.サリンジャー/マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗 ブックレビュー

歌詞考察
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ホールデン・コールフィールド初登場!

アメリカ文学のヒーロー、サリンジャーの分身ともいえる「ホールデン・コールフィールド」が初登場する作品がこの『マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗』だ。

掲載は『ニューヨーカー』誌。1946年12月21日号が初出。

サリンジャーを語るうえでかなり大きいんじゃないかと個人的に思っているのは、太平洋戦争の体験だ。

『マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗』が書かれたのは1941年、1942年にサリンジャー陸軍入隊。1944年にイギリスに派遣され、6月にノルマンディー上陸作戦に参加。そして激しい戦闘によって精神的に追い込まれ、ドイツ降伏後は神経衰弱と診断され、ニュルンベルクの陸軍総合病院に入院する。1945年に除隊して1950年に『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が完成。

ホールデン・コールフィールドがサリンジャーの手によって生み出されたのが1941年。そして太平洋戦争の地獄を潜り抜けて1950年に『キャッチャー~』が世に出ることになる。

当時、PTSDなんていう概念はなく、太平洋戦争後のサリンジャーの精神は適切な治療などを受けることなく、作家として復帰していくことになる。だから当時『キャッチャー~』は戦争体験の過酷さと悲惨さが現れた作品になるのでは、と周りの人には思われていたフシがあるんだけど、一見すると『キャッチャー~』はそんな風に思えない。というか全然戦争と関係ない物語に思える。

だけど、この戦争体験の話を知りながら再読すると、ホールデン少年は彼にとっての孤独な戦争を戦っているようにも思える(凍えるように寒いニューヨークは北地ノルマンディを思わせる)。

マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗

この作品ではペンシー男子プレップスクールに通うホールデン・コールフィールドが、休暇中にサリー・ヘイズという女の子をデートに誘う、というところでスタートする。

二人はエンパイア劇場に『ああ、最愛の人』という芝居を観に行く。そして、サリーの知り合いのジョージに偶然会う。ジョージは、今観た芝居の感想を言う。ホールデンはその感想が気に入らない。

サリーは、素敵なお嬢様でどこか俗っぽいところがある。ホールデンはサリーのことが好きだけれど、自分の気持ちとのズレを感じている。なんというかサリーとは「ほんとうに思っていること」を共有することができないと感じているような気がする。

サリーはクリスマス・イヴの日にツリーの飾りつけを手伝って、と言う。それに対してホールデンは、

「あのさ、うんざりしたことってある? つまり、不安でしょうがないっていうか、何もかもうざったくて、自分が何かしたい限り、それがいつまでも続くって感じ」

「あるわよ」

「すごく退屈」

「大嫌い?」

「えっと、大嫌いってほどじゃない」

「ぼくは大嫌いなんだ」

ホールデンはいった。

「ほんとに、大嫌いなんだ! だけど、学校だけじゃない。何もかもいやなんだ。ニューヨークに住んでるのも、五番アヴェニュー行きのバスも、マディソン・アヴェニュー行きのバスも、まん中の出口から下りるのも、七十二番ストリートの、天井にちゃちな雲の絵が描いてある映画館も、ジョージ・ハリソンみたいなやつに紹介されるのも、外出するときにいちいちエレベーターで下りなくちゃいけないのも、ブルックスでいつもズボンの仮縫いをしてる連中も、なにもかも大嫌いなんだ」

このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年 J.D.サリンジャー 金原瑞人 訳 株式会社新潮社

ホールデンは自分が属している世界にうんざりしている。愛しているサリーはこの世界に満足している。だから二人はうまくいかない。

物語はワズワースというバーに移り、ペンシー校の優等生のカールと飲みながら会話をする。もちろん、彼もホールデンの思いには理解できない。

そして深夜2時、バーからサリーに電話をする。電話には親が出て、こんな時間に電話するなんて! とホールデンを叱る。だけど、ホールデンは「とても大事なこと」だからすぐにサリーに変わってください! と食い下がる。

ここからの展開は気になる方はご自身で確認してもらうとして、初登場のホールデン・コールフィールドはすでに『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の原型たるホールデンになっている。だけど、まだシンプルというか「深み」や「説明のつかなさ」みたいなものはないかもしれない。

だけど、この物語は素敵だ。サリンジャーの真骨頂が発揮されている。

さて、こうして、鮮やかで、孤独で、反抗的で、魅力溢れるホールデン・コールフィールドのデビューはニューヨーク、マディソン・アヴェニューのはずれで静かに始まった。

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