ある朝の風景①
カサカサという感触の、波をふらふら通り抜ける。
手を伸ばしたその先にあるはずの体温を探している。
シーツの波間を泳いだこの手が、ふと触れる。
あなたの体温。
そのあたたかさを、心地よく思う。
指先から、じわんと伝わる他人の体が持つ熱は、そのままわたしの熱になる。
わたしは、自分の体に集中して意識を向ける。血が流れているのがわかる。
呼吸をするたびに、少し重たい血液が、体の中を駆けてゆく。
ふと思いついて、あなたの呼吸のスピードに、自分の呼吸を合わせてみた。
同じタイミングで息を吐いて、同じタイミングで息を吸った。
信じられないくらい、それは幸福な呼吸だった。
息をすること、それだけで、
こんなにも穏やかに満ち足りるのだということに、私はとても驚いた。
そうこうしているうちに、あなたは目を覚ましてしまった。きっと、ずっと目覚めていたのに、知らないふりをしていたのだろうと思ったけれど、そんなことは言わなかった。
「おはよう」と言ったから「おはよう」と言った。
いつのまにか。
さきほどまで感じていたはずの、体のすべての感覚は、消え去っていた。
わたしはいま、自分のスピードで、息をしている。
あんなにも幸福に満ちていると思っていた呼吸より、自分のペースで息をしている今のほうが、どうしたって落ち着くのだということに気が付いた。
「しあわせが、永遠に充満してしまったら、そのうち息なんて出来なくなって、溺れて死んでしまうにきまっているもの。」
そう考えると、この感覚は至極まっとうなことであるのだと、そう思うことが出来たので、わたしはその変化にひどく安心しきってしまった。
時々でいい。
たまに、少しだけ、が丁度いい。
のどが渇いていることに気が付いて水を飲みに行こうかと迷っていると、あなたが先に「水が飲みたい」と言ったので、迷うということが出来なくなった。
「水、注いでこようね」そう言って、キッチンへ向かう。
コップになみなみと水を注いで、わたしはそれをクイと飲む。コップ三分の一くらいの量を残しておくのを忘れない。
熱と呼吸を与えてくれたそのお礼に、わたしもあなたになにかを与えてみたかった。
そうしたら、わたしはもう一度、眠りにつこう。
意識と無意識の狭間を彷徨って
もういちど、体の哲学に踊ってみよう。
すこしでいいし、時々でいい。
けれど、とても自分勝手で貪欲だから。
しかたないでしょう?
そうでしょう?
時刻はまだ夜明け前だ。
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