エッセイ 『八月のすみっこで』 小井川つばめ 

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八月のすみっこで

洗濯物はすぐに乾いてくれるが、乾くスピードを軽く凌駕して溜まっていく。
シーツやタオルケットの類は、自宅のマンションの狭いベランダでは干すスペースが確保できないので、徒歩でコインランドリーに持っていく。
水分を吸ったシーツとタオルケットは重い。
持って歩くだけで汗が身体中から吹き出してくる。
そして、今着ているTシャツを帰ってまたすぐ洗濯機に放り込まなければならないことを思う。


〝乾かす〟と〝洗う〟だけに短い夏の貴重な時間をどれだけ費やしているのだろうと思うと、なんだか落ち着かない気持ちになってしまう。

コインランドリーに到着し、100円玉を4枚とシーツとタオルケットを乾燥機に放り込んで、中温のボタンを押す。
乾燥機が回る。
ゴォンゴォンと音を立てているのを背にコインランドリーを出る。

待ち時間の間にちょっと本でも読もうかと思い立ち、スターバックスに寄る。
アイスのアメリカーノを持って席に着くと隣で外国人観光客達が〝てつおじさんのチーズケーキ〟を堂々と食しながらフラペチーノを飲んでいる。


あの観光客たちは自宅のシーツやタオルケットをいつ洗うのだろうかと思う。


少なくともわたしほど〝洗う〟と〝乾かす〟に支配されてはいないであろう。
でなければ、海外に旅行になんて行けないはずだから。
異国の言葉を耳にしながら、ふとトイレットペーパーが切れそうだったことを思い出す。ファブリックスプレーも切らしている。
洗濯槽の掃除もそろそろしなければならない。
なんだか落ち着かない気持ちになる。
窓からみえるキッチンカーに、堂々と若葉マークが付いている。
なぜか、さらに落ち着かない気持ちになる。
汗でびしょびしょのTシャツがエアコンのキンキンの冷風で冷やされて、寒い。
まだ乾燥は完了していないだろうが、もうここを出ようと決意する。

スターバックスを後にし、外気に触れた瞬間、冷えた体が嘘のように熱くなる。
ぼーっとした気持ちでいると、
隣の花屋に吾亦紅が並んでいるのが目に入る。
シーツとタオルケットと吾亦紅、3つを抱えて帰るのは、絶対に骨が折れるであろうことを承知の上で、レジに1束持っていく。

コインランドリーにつくとシーツとタオルケットはやはりまだ乾燥中であった。
乾燥機のデジタル表示は〝12〟。
私は備え付けの椅子に腰掛け、回転する白い2枚の布をじっと眺める。
真っ赤な吾亦紅を片手にかかえたまま、12分間、ずっと眺めつづける。

小井川つばめ

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