カート・コバーンの描く究極のラブソング
カート・コバーンとコートニー・ラブ、ロック界を代表するカップルである。
カートがコートニーと知り合ったのは、デイブ・グロールづてだった。
デイブはガールズ・バンドL7のジェニファー・フィンチとつき合っていて、ジェニファーとコートニーは友達だった。
交際前夜、コートーニーは、カートに好意があるということをわかってもらうためにこの曲のタイトルである「ハート形の小箱」をプレゼントする。この小箱、レースつきのシルクの箱だったらしい。可愛いよね。
当初は「ハート・シェイプト・コフィン(ハート形の棺)」というタイトルだったらしいけど、ちょっと暗すぎじゃない?ということで“ハート・シェイプト・ボックス”というタイトルになった(このバージョン、「俺はハート形の棺に何週間も横たわっている」というフレーズがあったりして、たしかに暗い)。
“ハート・シェイプト・ボックス”はカートが時間をかけて歌詞を練り上げた曲らしく、完成度が非常に高い。曲自体もビッグで、オルタナティブでありながらキャッチーで、抑圧からの解放というニルヴァーナらしさもありながら、それまでの曲を一歩進めたような『イン・ユーテロ』の核と呼べる曲だ。
歌詞は、カートとコートニーの手紙のやり取りや、共有していた日記、不治の病にかかった子どもたちのドキュメンタリー、フェミニズム思想なんかがテーマになっている。
そしてこの“ハート・シェイプト・ボックス”PVが最高にいい。
ジャンキーのようなキリストの復活を待つメンバー、ケシの花(ヘロインの原料)が咲く丘でサンタクロースの帽子をかぶった磔にされるキリスト、木に吊るされている胎児、回復中のキリストに繋がれた点滴に入った胎児、アーリア人の少女の帽子が飛ばされて黒い水たまりに落ちる(椎名林檎の『ギブス』のPVってこの曲へのオマージュだよね、きっと)。こんな感じで印象的なシーンが続く。
シニカルなのかコミカルなのか、表しているのは、怒りなのか悲しみなのか、どんな気持ちになるのが正解なのか判断に困る映像で、まさに矛盾を抱えたニルヴァーナの精神を体現している映像作品だと思う。
実はこのPV、ウィリアム・バロウズ(裸のランチの作者)に出演してもらいたいと考えていたカートは手紙でオファーを送っていたらしい! まあ、出演はちょっと、ということで実現はしなかったんだけど、もし実現していたら凄いことになっていたな……マジで。
このPVにまつわるトリビアをもう一つ。
もともとはこの映像の監督はケヴィン・カースレイクという人が務めていたんだけど、カートと「オリジナルのアイデアは俺だ!」と二人で争って決別することになる。そして最終的にこの映像を完成させるのがアントン・コービンなのである(その後アントン・コービンはジョイ・ディヴィジョンのイアン・カーティスの生涯を描いた作品『コントロール』で映画デビューする。めっちゃいい作品)。
ハート・シェイプト・ボックス 和訳
いくじをなくした俺を見つめる彼女は魚座のような目つき
おまえのハート型した箱の中に一週間も閉じ込められていたんだ
人をおびき寄せずにおかないおまえのタール杭の落とし穴に
この俺も引き寄せられてしまった
おまえが黒く変色する時 この俺におまえの癌を食い尽すことができたら
ヘイ
待てよ
またひとつ文句をつけたいことができたんだ
金じゃ換算できないおまえの貴重な忠告に
俺はいつまでも負い目を感じっぱなし
ヘイト
ヘイト
またひとつ持病ができたんだ
金じゃ換算できないおまえの貴重な忠告に
俺はいつまでも負い目を感じっぱなし
ヘイ
待てよ
またひとつ文句をつけたいことができたんだ
金じゃ換算できないおまえの貴重な忠告に
俺はいつまでも負い目を感じっぱなし
今のところは容赦知らずの肉食蘭
天使の髪の毛とコゴメナデシコ(赤ん坊の息)とで俺は怪我をする
高貴なる陛下の裂けた処女膜
俺は罪を着せられたまま
おまえの臍の緒を投げ下ろしてくれ
そうすりゃ俺はまた這い上がっていける
ニルヴァーナ 『イン・ユーテロ』”ハート・シェイプト・ボックス” 対訳:中川五郎
天使の髪の毛と赤ん坊の息が俺を傷つける
この曲は生々しいラブソングだ。
きみを愛しているという代わりに、カートは「おまえの癌を食べたい(おまえが黒く変色する時 この俺におまえの癌を食い尽すことができたら)」と歌う。
金じゃ換算できないおまえの貴重な忠告に俺はいつまでも負い目を感じっぱなし というフレーズはハートの小箱をもらった後に、コートニーに送った手紙に実際に書いたフレーズだ。
おまえのハート型した箱の中に一週間も閉じ込められていたんだ 恋に落ちた瞬間の描写だと思うんだけど凄くいい。恋によって視野狭窄になった状態を表現している。
今のところは容赦知らずの肉食蘭 蘭は女性器に似ているから気に入っていると公言していたカート。『イン・ユーテロ』の裏ジャケットも蘭の花。このフレーズも、恋の容赦のなさを表していると思う。
この曲で一番誌的だな、と思うのが「天使の髪の毛と赤ん坊の息が俺を傷つける(天使の髪の毛とコゴメナデシコ(赤ん坊の息)とで俺は怪我をする)」という一節。
イノセントなものが自分を傷つけるというこの歌詞。自分が矛盾を抱えた人間だからこそ、イノセントで汚れのないものが傷つける。無垢なるものが怖いというこの表現。カート・コバーンにしか書けない歌詞だと思う。
俺は罪を着せられたまま
おまえの臍の緒を投げ下ろしてくれ
そうすりゃ俺はまた這い上がっていける
これは多分、フェミニズム思想を表しているのかなあ。男として生まれた自分は罪深い。だから、へその緒を辿って子宮の中からやり直したい、生まれ変わりたいというような懇願、贖罪。
“ハート・シェイプト・ボックス”は曲、歌詞、PVの世界観、どれをとってもオリジナルだ。ありきたりな「恋」を誕生や死、性や臓器、病気といったイメージと絡めてダイナミックに表現する。
生々しさを追求した『イン・ユーテロ(子宮の中)』の作品群でも際立った存在感を放つラブソングだ。
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