プライマル流マーダーソング
ブリテン地方伝統のケルト音楽にはマーダー(殺人)ソングと呼ばれるものがあるらしい。かなり物騒な響きだけれど、これは愛や情念によって殺す、というようなもので、殺したいくらいの強い想いを歌にしたものらしい。ヨーロッパ版ブルースみたいなもんだね。
この“ヘルズ・カミン・ダウン”はどうやらその類の曲なんじゃないかな、と思った。
曲調は軽やかなカントリー・ウェスタン調のロックンロール。ニック・ケイヴのバンドでヴァイオリンを担当しているウォレン・エリスがフィドルで参加している。牧歌的ともいえる軽快さをもつこの曲だけど、歌詞はまあ凄い(笑)
どんなことを歌っているか見ていこう。
ヘルズ・カミン・ダウン 和訳
かつてオレには女がいた
彼女はありったけの愛を捧げ
とことんオレを肯定してくれた
オレは彼女に悪態をつき
彼女の頭をおかしくしてやった
頭をおかしくしてやった
彼女をおかしくさせちまったんだ
まるで暴走列車みたいに
夜 ひとりぼっちのベッドの中で
死ねたらいいのにと思ってるオレ
地獄がやってくるんだ
地獄がやってくるんだ
朝 オレたちは愛し合って
夜は酔っ払ってた
眠ってる間に
ナイフで彼女をぐさりと刺したのさ
彼女を欺いたんだ
オレは真夜中のコソ泥野郎
彼女からとことん盗んで
頭をおかしくさせてやったんだ
全世界がオレの上に
落ちてきたみたいな気分
逃げていく場所も
隠れる場所もない
心に痛みを抱えながら
頭では殺しを考えてる
彼女と一緒にいられたならいいのに
彼女にキスできたらいいのに
空に太陽はなく
オレの人生に愛はない
彼女を失ってから
泣いてばかりのオレ
彼女は戻ってこない
そうさ 戻っちゃこないんだ
オレが彼女の心をメチャクチャにして
すっかり引き裂いちまったから
プライマル・スクリーム 『ライオット・シティ・ブルース』 ヘルズ・カミン・ダウン 訳:沼崎 敦子
空に太陽はなくオレの人生に愛はない
かつてオレには女がいた
彼女はありったけの愛を捧げ
とことんオレを肯定してくれた
軽やかなロックンロールに相応しい素晴らしい物語のスタートだ。
オレは彼女に悪態をつき
彼女の頭をおかしくしてやった
頭をおかしくしてやった
彼女をおかしくさせちまったんだ
なんとまあ。素敵な彼女に対して酷い仕打ち。次を見ていこう。
朝 オレたちは愛し合って
夜は酔っ払ってた
眠ってる間に
ナイフで彼女をぐさりと刺したのさ
彼女を欺いたんだ
おい! 主人公よ。殺人はいけないだろう。さすがに。ありったけの愛情を捧げた彼女を欺き、眠ってる間に殺人をおかす。これは救いのない最低最悪の犯罪だ。
彼女を失ってから
泣いてばかりのオレ
彼女は戻ってこない
そうさ 戻っちゃこないんだ
女々しくなる主人公……。どうしてこうなった、という物語だけど、この「彼女」の部分をボビー・ギレスピーの故郷グラスゴーと捉えてみたらどうだろう?
最低最悪の田舎を抜け出して、ロンドンに行くのを夢見ていたボビー少年にとって、グラスゴーはこの物語の「彼女」みたいな存在だったんじゃないかな? 故郷の甘い抱擁を刺し殺して愛の無い都会へ行く。そんな物語にぼくは感じる。だからこの曲にスコットランドの伝統音楽(フィドルやバラッドの手法)を取り入れているんじゃないだろうか。
全世界がオレの上に落ちてきたみたいな気分と感じる主人公は、地獄がやってくるんだ!と繰り返す。
ライオット・シティでつぶやく言葉は「空に太陽はなくオレの人生に愛はない」
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