未来と過去のすべて どこの時間にも存在していないかのような
レディオヘッド全曲の中で、いや、ロック史においても、傑出した名曲だと思う。
メロディや演奏は当然いいんだけど、魔術的なグルーヴ感と、神秘的なサウンドテクスチャーと、印象的な歌詞が「美しい曲」という以上の特別な存在に持ち上げている。
『アムニージアック』に収録されている楽曲のどれにもいえることかもしれないけれど、どこの時間にも存在していないかのような、忘却の彼方からあらわれたかのような神秘性がこの曲にはある。
サウンドに呼応して高まるエモーションと切迫感は、ちょっと考えられないぐらい凄い。
ピラミッド・ソング 和訳
川に飛び込んで
黒い瞳の天使たちと一緒に泳いだ
月、満天の星、星々の間を行き交う車
昔よく顔を合わせていた人たちが皆
これまで愛した恋人たちも皆、僕と共にそこにいた
僕の過去も未来も引っくるめ
そして皆で一緒に小さな手漕ぎ船で天国に行った
恐れるべきものは何もなく、疑うべきものも何もなかった
Radiohead Amnesiac Pyramid Song 対訳:今井スミ
恐れるべきものは何もなく、疑うべきものは何もなかった
時間が及ばない場所を舞台に主人公は、黒い瞳をした天使たちと一緒に泳ぐ。
昔よく顔を合わせていた人たちが皆
これまで愛した恋人たちも皆、僕と共にそこにいた
この場所はとても穏やかで、争いや諍いが(それらが起こる気配すら)存在しない。
僕の過去も未来も引っくるめ
そして皆で一緒に小さな手漕ぎ船で天国に行った
『創世記』ノアの箱舟を思わせる描写だ。たしか(うろ覚えだけど)、あるライヴで、トム・ヨークが「普段はこんなことをしないんだけど、次の曲は僕の子ども(ノア・ヨーク)に」と言って“ピラミッド・ソング”を演奏したときがあった。それを考えると、この曲で描かれている死後の世界(天国)は、ネガティヴなものではないんだろうな。トム・ヨークは、何か善き願い(のようなもの)をぼくたちに手渡そうとしているんだと思う。
『キッドA』では、睡眠薬とワインで自殺する哀れな男が現世に別れを告げて(来世で会おうよ)、エンディングを迎えた。ここで描かれている世界は、『キッドA』で描かれた世界の反対の世界。グローバリゼーション企業や、腐敗する政府や、行き過ぎた資本主義が存在しない世界。もしかしたら、この世界が終わったあとの世界かもしれないし、この世界が生まれる前の世界かもしれない。とにかく「今、ここ」ではない。
恐れるべきものは何もなく、疑うべきものは何もなかった
恐れも疑いもなく、他者に渡すもの。これを「愛」と呼んでもいいかもしれないけれど、本来、僕たちは誕生したばかりの頃、恐怖や猜疑心はなかったはずだ。だけど、システムに触れた瞬間から僕たちは、恐怖と疑いが絡みついてくる。仕方ないことだよね。
「仕方ないこと(の成れの果て)」を描写した『キッドA』の対極に美しく浮かんでいるのが、記憶喪失の双子『アムニージアック』なんだと思う。
手紙はいつだって燃やされる。でも――「今ここ」じゃない場所で“ピラミッド・ソング”は鳴っている。そして、それはきっと現実を生き延びさせることができる微かな響きなんだ。そんな気がするよ。
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