世界最速レビュー#20 いとうみく著 『夜空にひらく』
2023年8月4日ごろ、いとうみくの新刊小説『夜空にひらく』が発売されます。
「世界最速レビュー」シリーズとは、発売日まもなく書店員が、その小説の見どころをたっぷりお伝えする連載です。
アルバイト先で暴力事件を起こし、家庭裁判所に送致されたのち試験観察処分となった、鳴海円人。 補導委託先に選ばれたのは、煙火店(花火の製造所)を営む、深見静一の家だった。 深見と深見の母まち子、住み込みで働く双子の花火師、健と康と同じ屋根の下で暮らすうちに、円人は自分の居場所を見つけていく。
アリス館
児童文学作家・いとうみく
児童文学作家として定評のある、いとうみく。
小学校、中学校時代に読書感想文のための選書として、いとうみくの著書を選んだ方も多いかもしれません。
そんな作家・いとうみくが今回描かれるのは、青少年の更生についての物語です。
子どもたちを救いたい。そんな思いから。
主人公の円人はいわれのない罪で暴力事件を起こしてしまい、煙火店にお世話になることになりました。
花火や火薬を製造する煙火店。
日々職人たちがせっせと働いています。
この小説『夜空にひらく』の舞台の煙火店では、社長のある願いのもと、「補導委託」を受け負っています。
この煙火店では、事件を起こしてしまった子どもたちをすぐに少年院に送るのか判定をつけるのが難しい場合に、経過観察を行う場として子どもを預かっているのです。
普段「補導委託」で煙火店に訪れるのは小学生ほどの小さな子どもたちだったのですが、今回とある訳があり、高校生の円人が世話になることになります。
夜空にひらく、花火を作る
そうして煙火店で生活をしていく主人公・円人。
花火を次第に好きになり、花火師になることを夢みるのは自然な展開ではないかと思いました。
タイトルの『夜空にひらく』とは、花火のことを指しています。
煙火店で扱う商材は花ひらく花火だけではありません。
煙のようなものや、運動会で使うピストルなどと、煙と火を扱う数多くの商材を製造しています。
しかしやはりこの小説『夜空にひらく』の芯となるのは、夜暗い空に堂々とひらく、キラキラ輝く花火なのです。
近年増える花火文学
ここ2、3年の傾向として、花火や夏祭りを扱う小説が増えているように感じます。
それにはやはりコロナ禍が関係しているでしょう。
パンデミックのために花火大会やお祭りといった多くの人が集まる場所は、しばらくの年数閉鎖されてきました。
それが2022年や2023年あたりになると、再開される花火大会やお祭りが徐々に増えてきたのです。
実際にこの数年を思い出すとどんな夏だったでしょうか。
私は次第に花火やお祭りのことを思い出しもしなくなりました。
ないのが普通になっていったのです。
しかし、徐々に再開の兆しが見えてきたことによって「そういえば最近花火を見ていなかったな」「やっぱり花火っていいな」と、花火への憧れが再燃しました。
児童文学作家のいとうみくが、この時期に『夜空にひらく』という小説を書き、「体を張ってでも子どもを守りたい大人の話」を書いたのには、そういった時代背景が影響しているのではないかと思っています。
花火師になる才能
小説『夜空にひらく』を読んでいるとわかるのですが、花火師たちは火薬の扱いや、花火の製造に驚くほど心を砕いています。
確かに、あれほど大きく空でひらく花火が目の前で爆発を起こしてしまったら、それは大事故に変わりありません。
しかし、多くの読者はそんな花火の危険性をあまり考えたことがないのではないでしょうか。
煙火店で働くメンバーたちは、基本的には和気藹々とまるで家族のように暮らしています。
けれども「安全に花火を製造することために細心の注意を払うこと」を決して忘れません。
花火を打ち上げる時も、きれいに上ったことを確認するその瞬間まで、頬を緩める事はありません。
すばらしいプロ意識のもとに仕事をしています。
そしてまだ高校生の主人公円人へ、そのプロ意識を教えようとしてくれるのです。
暴力事件を起こした高校生主人公。
しかし円人がそんな子では無いだろうと信じて一人前の大人のように接してくれるのを本人が実感している相手は、この時、煙火店のメンバーだけだったのかもしれません。
夢を持ち、開花させることと、
「自分が子どもである」と過剰に萎縮しないこと。
それを煙火店の大人たちと、『夜空にひらく』の著者・いとうみくが現代の子ども達に伝えてくれようとしています。
ぜひ、2023年の夏を『夜空にひらく』を読んで過ごしてみてはいかがでしょうか。
文:東 莉央
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