世界最速レビュー#16 小田雅久仁著『禍』
2023年7月12日ごろ、小田雅久仁の新刊短編集『禍』が発売されます。
「世界最速レビュー」シリーズとは発売日まもなく書店員が、その小説の見どころをたっぷりお伝えする連載です。
禍
恋人の百合子が失踪した。彼女の住むアパートを訪れた私は、隣人を名乗る男と遭遇する。そこで語られる、奇妙な話の数々。果たして、男が目撃した秘技・耳もぐりとは、一体(「耳もぐり」)。ほか、『残月記』で第43回吉川英治文学新人賞受賞&第43回日本SF大賞受賞を果たした著者による、恐怖と驚愕の到達点を見よ!
新潮社 『禍』 特設ページ
恐れおののく姿への共感を
作家・小田雅久仁は『残月記』で第43回吉川英治文学新人賞を受賞し、同作で2022年本屋大賞ノミネートを果たしました。
そんな小田雅久仁新刊となる今作『禍』は、「食書」「耳もぐり」「喪色記」「柔らかなところへ帰る」「農場」「髪禍(読み:はっか)」「裸婦と裸夫」の7つの短編からなる小説集です。
怪談とも犯罪、殺人とも少し異なる胸騒ぎ。
読み始めれば止まらない。恐れおののく姿への共感からしみ出してくる渦巻きに、掠め取られるような恐怖心を覚えることでしょう。
なんとも言えぬ恐ろしさをもつ小説集『禍』。
今回はその中からわたしが興味深い構成をしていると感じた「食書」と、最も面白いと感じた「農場」についてお話しします。
「食書」 / 小説『禍』収録1つめの短編
小田雅久仁『禍』の1つめを飾る短編。それが「食書」というお話になります。
こちらは奇妙な体験をした主人公の語りのように進むお話です。
この短編「食書」の何よりも面白いところは、「恐怖体験の途中で他者の介入がある」という点です。
「食書」の中には一気に読者を突き放してくるポイントがあります。
テレビ番組でも小説でも、ホラーのお話と言えばその恐怖体験を語ることが主になるのではないでしょうか。
主人公は平然と生活をしていたところから、一気に恐怖のどん底に突き落とされる。
その道筋を語ってくれるようなものがホラーというジャンルだと思います。
その道筋の中には、「恐怖体験をしている主人公」しか存在しないのが定説ではないでしょうか。
「怖い思いをして恐怖に駆られている主人公」が語り手となるものが多いと思います。
けれども、この「食書」は、恐怖体験の間にすぽんと他者の介入があるのです。
何日もかけてこんなに恐ろしい思いをしているのに、ある時突然、1本の呑気な電話がかかってくる。
元気にしてるの? といった何でもない質問が、主人公本人にとってはぞっとするような話になるのです。
自分は全然元気になどしていないし、ちゃんと食べてもいない。
けれども、こんな不思議な恐怖体験を語ったところで相手に信じてもらえるだろうかといった「従来のホラーとは少し異なる背筋の凍りかた」をしている主人公を読むことができます。
「農場」 / 小説『禍』収録5つめの短編
おそらくタイトルから連想するであろう「穀物」の話では一切ないのです。
あなたにとって「鼻」とはどんなパーツかと、幾度となく尋ねてくる短編となっています。
読みながら私が最も思ったこと。
それが鼻の印象とは、こうも顔の印象を連想させるのかということです。
鼻単体のパーツだけを目にする事はまず無いとは思いますが、鼻それだけを見ても、若い女性のもの、幼い子供のもの、歳をとった男性のもの、などと判別がつくそうなのです。
言われてみればそんな気もしてきますが、鼻とはこうも個性のあるパーツだったのでしょうか。
顔の印象の中でも、無意識に鼻の存在感は大きいかもしれません。
鼻筋で美醜に大きな差がつくのでしょう。
顔の真ん中にすっと入っている1本の筋。
匂いを感じとるだけではなくもっとふんわりとした、けれども確かな印象を与えるパーツなのだと改めて感じました。
「農場」の中で、面白い会話が出てきます。
自分を指差すときにどうして人間は鼻を指差すのか、という会話が登場するのです。
自慢げであることを「鼻が高い」とも言いますし、自分の顔=すなわち看板を象徴するような役割を果たしているのかもしれません。
これまで生きていてこんなにも鼻について思考した事はなかったと、驚きの気持ちでいっぱいです。
小説『禍』で新鮮な恐怖体験を
「世界の底を、覗いてみたくないか?」
この宣伝文句のごとく、小説『禍』とは、見たことのない恐ろしさを次々と読ませてくる小説です。
この居心地の悪さと恐ろしさを何と表現したら良いのかわからないほどに、目新しさを感じました。
心霊でもない。人の闇でもない。現世と異世界をつなぐでもない。
ぜひこちらの小田雅久仁新刊を読んで、この小説集『禍』にふさわしいジャンル名を一緒に考えてみてはくれませんか?
文:東 莉央
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