辻村深月/この夏の星を見る ブックレビュー

レビュー/雑記
スポンサーリンク
スポンサーリンク

世界最速レビュー#15 辻村深月著『この夏の星を見る』

2023年6月30日ごろ、辻村深月の新刊『この夏の星を見る』が発売されます。

「世界最速レビュー」シリーズとは発売日まもなく書店員が、その小説の見どころをたっぷりお伝えする連載です。

アクセスいただいたサイトはメンテナンス中です
アクセスいただいたサイトはメンテナンス中です
KADOKAWA Corporation
KADOKAWAグループからのお知らせ

この物語は、あなたの宝物になる。

亜紗は茨城県立砂浦第三高校の二年生。顧問の綿引先生のもと、天文部で活動している。コロナ禍で部活動が次々と制限され、楽しみにしていた合宿も中止になる中、望遠鏡で星を捉えるスピードを競う「スターキャッチコンテスト」も今年は開催できないだろうと悩んでいた。真宙(まひろ)は渋谷区立ひばり森中学の一年生。27人しかいない新入生のうち、唯一の男子であることにショックを受け、「長引け、コロナ」と日々念じている。円華(まどか)は長崎県五島列島の旅館の娘。高校三年生で、吹奏楽部。旅館に他県からのお客が泊っていることで親友から距離を置かれ、やりきれない思いを抱えている時に、クラスメイトに天文台に誘われる――。
コロナ禍による休校や緊急事態宣言、これまで誰も経験したことのない事態の中で大人たち以上に複雑な思いを抱える中高生たち。しかしコロナ禍ならではの出会いもあった。リモート会議を駆使して、全国で繋がっていく天文部の生徒たち。スターキャッチコンテストの次に彼らが狙うのは――。
哀しさ、優しさ、あたたかさ。人間の感情のすべてがここにある。

KADOKAWA

辻村深月・「若者のエネルギー大爆発小説」の名手

作家・辻村深月は若者のエネルギーが大爆発しているような、キラキラとしたエネルギーに満ちている小説を数多く手掛けられている方ではないでしょうか。

10代の学生のドラマを思い思いに書かれるのがお得意な印象です。

若者が主人公の小説も、これまで数多く発表されています。

今回、2023年6月の新刊『この夏の星を見る』もまた若者が主人公となる小説です。

この「主人公」とは、小説の「主人公」であるということ以外に、人生の「主人公」であり、毎日の中で輝いているような「主人公」の意味を含みます。

小説『この夏の星を見る』

小説『この夏の星を見る』の舞台はコロナ禍。

満足に学校生活が送れなくて苦しんでいる中学生、高校生が登場します。

タイミングが悪かっただけの世の中と、得体の知れないウイルスにイライラとしながら生活しています。

何度も目線が転換していく『この夏の星を見る』という小説の中では、主人公となる語り手が複数登場します。

彼らはそれぞれに思い悩んでいることがあって、他者の行動や言動ひとつひとつにもまた、非常に敏感になっています。

これはコロナ禍という異常な事態がもたらしただけではなく、彼ら若者主人公たちが元より持ち合わせている「思考」することへの素質ではないかと感じました。

物事を難しく深く考えてしまいがちな彼らは、慎重ではあるのですが、いらないことに悩み苦しんでいる様子も読むことができます。

何も考えず、自分の思うままにコロナ禍を過ごす人物を見たことがあるからこそ、痛ましさを感じました。

若者のエネルギー大爆発小説

『この夏の星を見る』という小説の何よりも凄いところは、若者の伸びやかで素直な心が県境を越えてコロナ禍を克服していくように進んでいくことです。

天文部、物理部、理科部などといった部活動に所属する登場人物たちは、コロナ禍の部活動を模索しています。

運動部の公式大会が次々と中止となっていく中〝理科系の部活である自分たちにできる事は何か〟と考えているのです。

部に参加する分の子たちには「やらなくていいならサボれてラッキー」というような考えをする子が1人もいません。

けれども、全員が科学者や研究者になりたいかと聞くとそうでもないようです。

高校、大学と上の学校に進学するのが理系でなくても構わない。

将来さまざまな現実的事情を省みて、もし職業につながらなかったとしても、好きな事は好きなこととして胸に秘めて良いのだと気がついていきます。

茨城、東京、長崎と、3つの都道府県の中学、高校の部活動がひょんなきっかけで知り合い、オンラインで「スターキャッチコンテスト」を開催してみようと動き始めます。

スターキャッチコンテスト

生徒たちが自主的にオンラインでつながりを持ち情報交換をしているだけでも充分凄いのに、この「スターキャッチコンテスト」の内容はまたさらにユニークです。

望遠鏡の中に星をとらえることを星を捕まえるといったう考え方で「キャッチ」と呼びます。

「スターキャッチコンテスト」では、望遠鏡にどれだけ星を見つけられるか、その数や難易度で点数をつけてチームごとに争っていくコンテストです。

さらにすごいことに、その望遠鏡もチームの生徒たちが手作りをするのです。

望遠鏡なんて本当に作れるのでしょうか。

『この夏の星を見る』は驚きまみれの小説ではありますが、望遠鏡の手作りにも深い訳があります。

この望遠鏡の設計図を引いた、学識者であるとある学校の部活動顧問の先生の考えがまた、とても情に厚いのです。

好き、嫌い、だけじゃなくて

どの生徒も非常に思慮深い『この夏の星を見る』という小説では、様々な思考が見て取れます。

仲良しの仲間だからといって、決して明るい前向きな感情だけではありません。

そのことに気がつきながら、「では、どこに感情を持っていったら良いのか」「相手とどのように目標達成していったら良いのか」を常に考える若者登場人物たちの姿が胸に染みる。

『この夏の星を見る』はそんな小説です。

さらに、そうしたややこしくも達観した生徒たちを、ほとんど手出しせずに信じて見つめる大人・部活動顧問たちの存在もまた非常に大きく熱い存在となっています。

発売まもなく『この夏の星を見る』を読む読者は、まだコロナウィルスが完全に収束した世界を知りません。

発現当初の驚きからは解放されているものの、まだどうしたらいいかわからないことが山ほどある。

そんな現状で読んでみたら、あなたはどのような気持ちになるでしょうか。

きっとこの先、歴史ひとつが重なるごとに読まれ方の解釈が変わってくる。

『この夏の星を見る』はそんな小説となることでしょう。

文:東 莉央

東 莉央

コメント

タイトルとURLをコピーしました