柚木麻子/オール・ノット ブックレビュー

レビュー/雑記
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書店員がおくる世界最速レビュー#6 柚木麻子『オール・ノット』

2023年4月17日(月)頃、柚木麻子新刊小説『オール・ノット』が発売されます。

「世界最速レビュー」シリーズとは、発売日まもなく書店員がその小説の見どころをたっぷりお伝えする連載です。

柚木麻子 オール・ノット

今度の柚木麻子は何か違う。
著者の描く3歩先の未来にあるのは、ちょっとの希望とささやかな絆。

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友達もいない、恋人もいない、将来の希望なんてもっとない。
貧困にあえぐ苦学生の真央が出会ったのは、かつて栄華を誇った山戸家の生き残り・四葉。
「ちゃんとした人にはたった一回の失敗も許されないなんて、そんなのおかしい」
彼女に託された一つの宝石箱が、真央の人生を変えていく。

「大丈夫だよ。オール・ノットの真珠にすれば。あんたみたいながさつな子も。これは絶対に切れない、そういうつなぎ方をしているんだよ」
「え、オール・ノットって、全部ダメだって意味じゃなかったっけ?」
「全部ダメって意味もあるけど、全部ダメってわけでもない、っていう意味もあるんだよ。そうだよ。全部ダメってわけじゃないんだよ。なにごとも」

講談社

不思議で自由奔放な試食販売

主人公の真央が不思議な試食販売をするおばさんに出会うところから始まる小説『オール・ノット』。

スーパーの食品売り場での試食販売として、ポケットから好き勝手に取り出した調味料をどんどん足していくのはいかがなものか。

試食販売をしている「商品」ではなくて、「レシピ」や「付加価値」を販売している不思議なおばさんは四葉さんといいます。

わたしは四葉さんの試食販売がとてもすきです。

嘘をついているという感じには見えませんでした。

アレンジレシピを提案している形で、商品のよさと、手を加えて自作風に満足できる購買欲とを引き立てているように思います。

むしろ「商品」そのものを売る変わり映えしないものよりも気になりませんか?

どこで買っても同じ味の野菜やソースならば、「もっと安いお店を探そう」など言い訳をすることができます。

「レシピ」や「付加価値」を提供してくれるならば、その不思議な試食販売のおばさんに色々教わった上で「ひとついただくわ」となるのではないでしょうか。

けれど四葉さんのやり方はそれほど戦略的でもありません。

なぜなら「これを一振りするとおいしくなる」のような「レシピ」は明かさずに販売しているからです。

まるで「商品」そのものの味のように。

わたしが想像するほど戦略的ではない試食販売は、とにかく不思議で自由奔放。

ただ「おいしいものを食べてほしい」というギブの精神のようにも読み取れます。

実際に四葉さんの試食販売は、あたりで有名なほど売り上げが良いのでした。

わたしの中で、『オール・ノット』の重要登場人物、四葉さんは嘘つきではないのです。

「りぼんのぼうし」の女の子

『オール・ノット』に登場する「りぼんのぼうし」の女の子を、横浜の「赤い靴の女の子」と重ねながら読みました。

小説『オール・ノット』には、フィクションの人気クッキー缶「りぼんのぼうし」を製造するお菓子メーカーが登場します。

缶のデザインは帽子を被った女の子。

かわいい缶入りの「わりと普通の味のクッキー」、「りぼんのぼうし」。

発売当時は大ヒット。

けれど、時代とともに忘れられ、身内にとっての大事なブランドとなった「りぼんのぼうし」。

「りぼんのぼうし」はマーケティングが優れていたと、「りぼんのぼうし」関係者の孫はいいます。

四葉さんも関係者の親族のまたひとり。

「りぼんのぼうし」大ヒット時代の栄光を手放すことができずに、栄華を誇った一家の者としてプライドと宝石箱を大切に大切に保管しています。

赤い靴はいてた女の子

神奈川県、横浜を歩いていれば色々なところで見かける女の子「赤い靴はいてた女の子」。

山下公園には赤い靴はいてた女の子の銅像が建てられています。

横浜に伝わる赤い靴はいてた女の子。

そこに通じているはずのアンデルセンの童話『赤い靴』は、足を切り離してしまうような恐ろしい話という解釈もできます。

私は小説『オール・ノット』を読んで、「赤い靴はいてた女の子」の話を知った時の自分の驚きを思い出しました。

「りぼんのぼうし」モデルの女の子が素足をじろじろ眺められた恐怖も重なってきます。

『オール・ノット』をそのまま読んでももちろん楽しい。

でも赤い靴の女の子を少し知ればもっと楽しい小説ではないでしょうか。

小説『オール・ノット』も、神奈川県の横浜が舞台の小説です。

『オール・ノット』とシスターフッド

『オール・ノット』は各章で登場人物が大きく変化します。

登場人物同士の繋がりを描写として与えられるまで、各章の繋がりを綺麗に見出すために読者は色々なことを考えるかもしれません。

『オール・ノット』に登場する女性たちは、その時々で、近くにいた女性と「女性同士の連携(=シスターフッド)」をとっていきます。

その一過性のようなさっぽりとした逞しさこそ本来のシスターフッドではないでしょうか。

もちろん時間が経っても大切な思い出で、大切な存在。

ただし必要以上にべったりしない。相手を困らせるような締め付けをしない。

その時々に目の前にいる人に助けられたり、助けたりする。

なんてかっこいい女性たちの生き様でしょう。

その強かな姿は、宝石のように、宝石箱のようにきらきらと、たしかに心に残るのです。

読者の心にも、また。

不可能なことを高望みしない。

世の中を正しく見極めた上でできることを施していく。

まさに、四葉さんの試食販売のやり方です。

シスターフッドとはべったりと束縛した人間関係ではないのでしょう。

お友達作りや、傷の舐め合いではないのですから。

シスターフッドとはずばり、「その時々の時代を生き延びるための術」なのではないでしょうか。

四葉さんの宝石箱

『オール・ノット』のごく序盤に、四葉さんの大事な宝石箱が登場します。

四葉さんのお家が「りぼんのぼうし」でお金持ちであった頃手に入れた品でしょうか。

この宝石箱を大切に、うっとりと眺めていた四葉さん。

あるとき真央に、それほど大事なものをプレゼントしてくれるのです。

「この宝石箱をあなたにあげる」

これを売ってお金を作ってねという意味でした。

四葉さんにとって金銭的価値よりも、そのキラキラや昔の記憶が大切であったはずの宝石箱。

うっとり飽きずに眺めていられるほどの、ある種の四葉さんの「お城」でした。

真央は宝石箱を売ろうとします。

その時に、四葉さんに聞いていた話と現実に、小さな齟齬が現れ始めました。

四葉さんのお城は四葉さんの主観でしかありません。

「りぼんのぼうし」が世の中から消えても、宝石箱は大事にする。

こうした自分のお城を貫くような強かさも、「その時々の時代を生き延びるための術」。

シスターフッドのメタファーと捉えることができるでしょう。

シスターフッドの象徴のような宝石箱を主人公へ託した四葉さん。

バトンを受け取った主人公の真央は、当然のごとくまた次の場所で次の人と「女性同士の連携(=シスターフッド)」を取ります。

苦学生こそシスターフッドの申し子

『オール・ノット』の主人公真央は1章の時、お金がなく身寄りのない、不要なほどに苦労を背負った学生です。

それがラストではどうでしょう。

その時にともに「今の時代を生き延びる」ためにと手を差し伸べた女性へ、とても印象的な一言をかけてあげるのです。

そんなに簡単ではないからこそ、私はあなたを助けるのだという意気込みを感じさせる言葉でした。

真央こそ、まさにシスターフッドの申し子です。

文:東 莉央

東 莉央

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