エッセイ 『動画の女』 さしみ

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動画の女

動画から男の荒い鼻息が聞こえる。
画面に映っているのは、正座を崩し傾いた身体でなまめかしく座る女だ。女はとろんとした目でカメラを見つめ微笑んでいる。
撮影者と何か言葉を交わすと、胸元が大きく開いたシャツを気にしながらゆっくり体を倒した———。

私には8年以上付き合いのある飲み友達がいる。友達といっても男の先輩なので、ここでは先輩と呼ぶことにする。
先輩とは酒の好みや飲むペースだけでなく、最寄り駅も近いということで年に4~5回飲みに行く関係だ。それ以上に発展…というのは考えただけでも鳥肌が立つほどお互いを異性として見たことがない。
その日もいつものように居酒屋をはしごしていた。二人ともかなり飲み、先輩にいたっては途中から話が支離滅裂になり最終的にAirPodsをサラダ皿に落としドレッシングまみれにしていた。
対して私は「酔っている姿を人に晒すべからず」というポリシーのもと、飲めば飲むほど気を張る傾向があるため一杯目のビールから全く変わっていなかった。(この辺の話については運営ブログ「シャリの上で眠る」の酒失敗談を読んでいただきたい)
そんな私を見た先輩は泥酔状態でこう言った。
「お前は飲んでも飲んでも変わらんな。たまには酔ってへなへなしてみろよ。」
私だって酔っている。一刻も早くハイヒールを脱ぎ捨て近くの芝生にダイブしたい。
しかし、公共の場で…へなへな?
できない。
そんな恥ずかしいことできない。人の多い賑やかな飲み屋街でへなへなするおばさんを一体だれが見たいというのか。需要がないにも程がある。
そう思う反面「えへへ、…酔ったぁ///」というフレーズや仕草を一度も使わずこの歳まできてしまったことに少し後悔もしている。こういうフレーズは若いうちに使った方がいい。

先輩と別れ、人気のない帰路に就く。ここまで来れば気を張らなくても大丈夫。気を引き締めていないと、どこかの伝統舞踊を披露してしまいそうだった私は徐々に緊張感を解放し、半ば舞いながら帰った。

家に着くと父がリビングで大いびきをかいて寝ていた。時折フガッという音が聞こえる。
私がいわゆるお姉さん座りで、「飲んだ~」だの「くらくらする~」だの会話レベルの声の大きさで独り言をつぶやいていると妹がスマホをいじりながら部屋から出てきた。
「お姉ちゃんおかえり」
「ただいま~」
「珍しいね、お姉ちゃんがそんなになるなんて」
「うん、もうめっちゃ飲んだ。てかショルダーバッグの紐ひっかかってシャツのボタンどっか飛んでったんやけど」
「何やってんの笑」
「は~頭ふらふらするぅ~うっへっへ」
妹は、酔いが回って体をくねくねさせている私にカメラを向けた。
焦点の定まらない目で気持ち悪く笑う私を面白がってインタビュー形式で質問してくる。
「何を飲んだんですか?」
「ふふっっ、、お酒だよーん。ひひひっ」
「どこで飲んだんですか?」
「ふふっ………あ~~回ってる…」
「回ってる?何が?」
「んふふ、…地球ぅ///」

私は胸元のボタンがどこに消えたか考えながらゆっくり座布団に頭を乗せた。

さしみ

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