エゴイスト
僕はとてもずるい。死んでしまえばあとの祭で僕には何ら関係なくなる。図書館で借りた本を読めないままギリギリになって返却し、次の本を探して本と本のあいだを歩くときに、そんなことを考えながらずっとこうして書き付けている。春の満月の重力は思いのほかに僕の悪き部分を月に向かって表象させた。ほんとはもう大丈夫だと抱きしめて欲しいのに僕は抱きしめられるには大きくなり過ぎた。消えたい。死にたいと消えたいは同一のときもあるかもしれない。
山ほどの哲学者たちとの邂逅は何ら役に立っていないのかもしれない。こうしている間も、『鯨と原子炉』という本のタイトルに惹かれて足を止めている。その隣は構造主義でさらにその隣はポスト構造主義だ。数冊飛ばしたところに『偶然性と運命』という新書が目にとまる。僕が一切合切詰め込んだ『個の誕生』の拙い感想は誰にもわかってもらえない。てにをはがめちゃくちゃで独善的で宗教色が強いから読んだところで誰しもが辟易とするのだろうか。僕にはわからない。僕は一度だけ神さまにチャンスをもらえたことがある。それにロンゴ神父さまが大好きだ。だから僕は教会に行く。疲れてしまった。なぜ僕はいまここにいなきゃいけないのか。美しく逞しくいようとする妻のため、ちいさな娘のため。僕が居なくなったら僕は彼女たちを傷つけてしまう。だから消えることを許されない。ほんとは消えたいんだ。何もかもがどうでもよいことで、薄く膜を張った夜の気配の中、僕は家路に向かう。
全きひとになる努力なんてできやしない。
他人にはいくらでも偉そうなことを僕は言える。
知の欲望のまま手当たり次第で遠慮なく書物を踏み倒し傲慢さをむき出しに殴り捨てていく。僕はそうしてロゴスへの冒涜を犯しながらいっときの満足を覚えて、またつぎの欲望を手に、消えたい、だとか弱音を吐き散らす。たくさんの薬を溜め込んである。これだけあればひとりで生きたように振る舞えて痛みを吠えて僕は責任を果たすこともなく罪を贖うこともなく、罰のための地獄の煉炎に焼いてもがき苦しみ滅多刺しにしてもらえる。胃洗浄されて終わりなのに。僕は僕をズタズタに切り裂き脳を踏み潰して痛みを味わせ、僕という全ての僕を僕に平伏させる。僕が王なのだ。パニックに陥る僕を僕が拾い上げる。そうして図書館の帰り道、当たり前のように家路をいそぐ。寒い。そこそこの自由を手にするために。拘束帯でしばりつけられてカテーテルを突っ込まれるのはごめんだ。孤絶しないためにも自由のために普通にしてなきゃいけない。天使になったらきっと馬鹿げたこの妄想を笑い飛ばせるのだろうか。放射冷却現象のせいで寒いのだ。熱く煮えたぎる僕のこのとるにたらないじぶんへと向かうアモルの放った矢。滑稽な僕、意味たちが転倒し細分化されて塵になる。
古い歌を口ずさむとみんなが僕を笑い僕も笑って笑って笑って笑った。
駆け抜ける
ミモザの笑い声の中
夕暮れの向こう側
自我の彼岸
矢は僕を《エゴイスト》と名付けた。
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