ヴィンセント・ギャロ/ウェン ディスク・レビュー

音楽
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奇才ヴィンセント・ギャロの中心にあるもの

ぼくは『バッファロー’66』を観てヴィンセント・ギャロを知った。たしか1998年だったか、99年だったか、まだ10代で多感だったぼくはこの映画に影響を受けた。痺れまくった。ギャロが演じる主人公はチャーミングなアウトサイダーで、言ってみればクズなんだけどコミカルでどこか憎めない繊細なやつで、ファッションセンスが抜群だった(赤いブーツがかっこよかった)。

その後、ギャロがジャン・ミシェル・バスキアとバンドを組んでいたらしい(GRAYというエクスペリメンタルなグループ)、ということやレッド・ホッド・チリ・ペッパーズと交友関係があるらしいということを知る。映画監督で俳優でミュージシャン、そして調べるとどうやら彼は画家でもあり(これまでの人生で最も成功しているのは画家と本人が言っている)、バイクレーサーやモデルでもあるらしい…

そんな多才なヴィンセント・ギャロの中心にあるものは「音楽」らしい。

俺は子供の時からずっと自分をミュージシャンだと思ってきた。正式な音楽教育を受けたわけでもないし、厳密な意味でのミュージシャンは俺のテクニックを鼻で笑うかもしれない。でも、自分の審美眼や独自の言葉を作る手段として音楽に接する人とは、子供の頃から親近感を覚えてきたし、自分でもそのような姿勢で音楽に接している。音楽創作、楽器、そして音楽鑑賞が最大の楽しみであり、一番興味が惹かれるところなんだ。

ヴィンセント・ギャロ『ウェン』 

美術館には一回しか行ったことがない、俳優業も仕事としてしか割り切っていないとも語るギャロ。こと音楽に関してとなると情熱が凄まじい。5歳からレコードを聴き始め、所有するLPは15,000枚以上。世界有数のヴィンテージ機材オタクとしても知られるギャロは、このアルバムの作詞、作曲、演奏、歌、録音をすべて自宅で行っている。

もはや、アーティストのサイドワークといったものではないよね。この『ウェン』にはソウルがつまっているし、壊れそうなテクスチャーと繊細なメロディが美しい。派手な音や楽器はの重なりはあまりないけれど、音像は複雑に聴こえるし、ジャンルといったものを飛び越えている。

エイフェックス・ツインやオウテカを輩出した名門レーベル「WARP」からリリースされているというのも面白い。

ウェン

1.アイ・ロウト・ディス・ソング・フォー・ザ・ガール・パリス・ヒルトン

え、ヴィンセント・ギャロがパリス・ヒルトンとつき合っていたの?(M-5 ハニー・バニーのPVにも登場) という話は置いておいて、オープニングを飾るこの曲は美しい。メロトロンにボリューム・ペダルをかけているらしい。オーガニックでルーズな雰囲気で幕を開ける。何度聴いても飽きない。

2.ウェン

マイナー調のタイトル・トラック。ボーカルの繊細さが際立った曲。「きみが近づくとぼくは遠ざかる/ぼくの為に生まれてきたわけじゃないものから遠ざかる」と歌うヴィンセント・ギャロ。非常にパーソナルな曲だ。

3.マイ・ビューティフル・ホワイト・ドッグ

不完全なヒップホップビート。痙攣を起こしたテクノ。サイケデリックやプログレッシブの雰囲気も感じさせるインストゥルメンタルナンバー。かっこいい。

4.ワズ

センチメンタルなキーボードの旋律に儚いギターがかぶさる。映画のワンシーンのようにリリシカルな楽曲。

5.ハニー・バニー

深い井戸から地上に向かって歌っているような、愛を渇望する心情が現れている。「ぼくたちの夢の時間/幸せなひととき/きみをそこに連れていきたい」と歌うギャロ。その歌声はとてもか細く儚い。

6.ローラ

「ローラ、戻ってきて」孤独な男の傷ついた魂を歌っている。存在感のあるベースラインが際立っている。微妙なタッチのギターサウンドも聴いてほしい。

7.クラックス

静かなプログレッシヴナンバー。音の配置が緻密。ダイレクトなベースと、かすれたギター。細かく聴こえてくるドラム。クール。

8.アップル・ガール

温かいボーカルを響かせる“アップル・ガール”「ぼくは何処にも行かないよ/きみをひとりにはしないよ」バックのサウンドは最小限に抑えられていてギャロの声が親密に聴こえる。

9.イエス・アイム・ロンリー

「孤独なときはいつも悲しい/それが素敵」と歌う“イエス・アイム・ロンリー”レディオヘッドのバラードナンバーのように悲哀と美が同居している。

10.ア・ピクチャー・オブ・ハー

この曲では1940年代のアンティークドラムを叩いているらしい。不穏なギターと、独立したようなドラムサウンドが無造作に差し込まれている。再現不可能と語るドラムサウンドは必聴。

俺は人生をかけて、このサウンドをずっと追及してきたんだ

アルバムを通して感じるのは「不安定」、「孤独」、「取り戻せないなにか」

このアルバムでは、失ってしまったものへ手を伸ばし続けている男が終始描かれている気がする。1曲目からラストまで同じムード、同じフィーリングが貫かれていて、聴き終わったときには1本の映画を観終わったような感覚になる。

俺は人生をかけて、このサウンドをずっと追及してきたんだ。一生懸命、経験と工夫を重ね、技術を磨き続けてきた。

ヴィンセント・ギャロ『ウェン』 

レコーディング技術は、自分で試行錯誤を重ねて身に着けたというヴィンセント・ギャロ。自分は優れたテクニシャンではなく、知識と技術を持った良いメカニックだ、それでカバーしているんだ、とインタビューでも語っている。

まるでヴァン・ゴッホのようだ。才能とかアートとか言う前に「職人」と同じようにそれに向き合うんだ、という。

この儚く壊れやすい音楽には、ヴィンセント・ギャロの溢れんばかりの音楽に対する情熱がつまっている。良いオーディオで1曲目からラストまでノンストップで聴いてほしい。

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