第六回『アー・ユー・エクスペリエンスト?』
新宿から西荻窪まで歩いたことがある。数年前、仕事を辞めた俺は失業保険をもらうために月に二度、新宿のハローワークに通っていた。時間はあるけれど金の無い俺は、切実に電車賃が惜しかった。新宿エルタワーを出てマップアプリを立ち上げた俺は、新宿から自宅への経路を導き出す。距離は九キロ強、徒歩で二時間十分。なるほど。歩けない距離ではなさそうだ。
「ん?」俺は、マップを眺めていて、あることに気づく。なかなかの距離なわりに経路がほとんど真っ直ぐなのだ。自宅に着くまでに一度の左折しかない。歩いてみたいかも……。多分、好奇心。あるいは実験の精神。俺は二時間かけて新宿から自宅まで歩いて帰った。大量の缶ビールを消費して。電車賃は浮かなかった。むしろ余分に金がかかった。そんな体験。
卵とじにハマったことがある。トンカツ、メンチカツ、コロッケ、チキンナゲット……。麺つゆと卵があればどんなものでもとじることができる。思いつく食材は、おそらくどこかのタイミングでだれかがとじてきただろう。食材はとじられ、米と一体化してきただろう。多分、好奇心。あるいは実験の精神によって。
ジミ・ヘンドリックスは名曲「マシン・ガン」で機関銃の音や、兵士の悲鳴を再現しようとした。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのトム・モレロはギターの弦を手でこすってDJのスクラッチ音を出した。多分、好奇心。あるいは実験の精神によって。
俺はこの原稿を段ボールに囲まれた空っぽの部屋で書いている。明日引っ越しなのだ。とりとめのないことを書いているのはそのせいだ(ホントか?)。頭の中のヘンドリックスが問う。「経験してきたかい?」と。俺はちっぽけでつまらない世界で証明しなければならないだろう。いつかエレクトリック・ギターを卵でとじてみせるだろう。多分、好奇心。あるいは実験。そして経験、体験、妄想、爆発、西荻窪、深夜三時。
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