エッセイ 『ハートに火をつけて』 我妻許史

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第五回『ハートに火をつけて』

 目薬を使い切った。俺にとって目薬は三大使い切るのがむずかしいアイテムの一つで、残りの二つ「リップクリーム」と「ピンクペッパー」は未だに使い切ったことがない。

 目薬買いにいかんとなー。出不精の俺はどうしても気が乗らない。昼までダラダラと野球関連のユーチューブ(具体的にいうと『里崎チャンネル』)を観て時間を空費させる。

 そういえばティッシュも買わないとだな。あとは麺つゆとか。昼も何か食わないとだし……。自分が外出している姿が像を結び出し、俺は支度を始める。玄関のドアを開けてスーパー(具体的にいうとサミット)を目指す。

ドラックストア(ココカラファイン)で目薬を買い、サミットで目当てのものを買うと、ふいに『納屋を焼く』が読みたくなった。若い頃に読んだことがある作品だけど、どんなあらすじだったっけ、と急に気になりだしたのである。俺はスーパーの向かいにある本屋(ねこの手書店)で『納屋を焼く』が入った村上春樹の短編集を探した。短編集は見つからなかった。

ハートに火がついちゃった俺は、西荻の古本屋を探し歩いた。でも、『納屋を焼く』は発見できなかった。俺は吉祥寺まで足を伸ばすことを決め、JRの改札をくぐった。

マジかよ、吉祥寺でも結果は同じ。短編は見つけられず、俺はボックスティッシュをぶら下げながらサンロードの天井越しに空を見上げた。「カモン・ベイビー・ライト・マイ・ファイア」脳内で歌唱した俺は、決心して荻窪に向かった。

 そびえ建つブックオフに息を吸い込んで入場。目当ての本に向かって前進。「へえ、村上春樹かー、読んでみてもいいかなー」という風情で『納屋を焼く』を探す。横目で、いわゆる視野見で、上から順番に本を見ていく。

……うん、ない。なかったね。

「阿佐ヶ谷まで行くぅ?」尻に火がついちゃってる状態の俺は俺に訊いた。そして、眩しすぎる梅雨明けの空を見上げて、目薬をさした。

 

我妻許史

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