アヴァンギャルドの領域に踏み込んだ “ミルク・イット”
ラウドでノイジー、『イン・ユーテロ』で最もヘヴィな曲がこの“ミルク・イット”だ。
タイトルの‟ミルク・イット”は「搾り取れ」といったような意味。曲調もヘヴィだけど、曲の内容もヘヴィだ。
‟ミルク・イット”は著者WAGATSUMAが大好きなニルヴァーナ・ナンバーで、ニルヴァーナのオールタイムベストの中でも確実にトップ3に入る思い入れの強い曲だ。十代の頃に聴きすぎたせいで、今‟ミルク・イット”を含む『イン・ユーテロ』の作品群を聴くと、当時住んでいた田舎のアパートの部屋を思い出す。あの日々はなんだかいつでも寒かったような記憶があるなあ……
閑話休題
この‟ミルク・イット”は今後のニルヴァーナの方向性を先取りした曲らしく、ニルヴァーナの伝記『病んだ魂』の著者マイケル・アゼラッドにこんな風に打ち明けている。
俺はもう、‟ペニー・ロイヤル・ティー”とか‟レイプ・ミー”みたいな曲は絶対に書きたくないんだ。ああいうクラシック・ロックや、ヴァースコーラスヴァース形式のミッド・テンポのポップ・ソングには飽きあきしてるんだよ。俺はもっとニュー・ウェイヴでアヴァンギャルドなもの、たくさんダイナミクスがあるものがやりたいんだ。ストップとブレイクが何度もあって、奇妙なノイズのサンプル――楽器のサンプルじゃないぜ――そういうのを集めただけのやつとか。俺は基本的に、バットホール・サーファーズになりたいんだよ
こういった方向性のインスピレーション源はバットホール・サーファーズ。テキサス出身の狂人集団。ドラッグも当たり前、サウンドは凶悪。ステージパフォーマンスも強烈、そしてユーモアもある、というカートが気に入る要素が満載のバットホール・サーファーズは、曲が独特で、変態的といってもいいかもしれない。
カートはバットホール・サーファーズの持つ「この曲どうなってんの?」という理不尽なエネルギーを自分の曲に持ち込みたかったんだと思う。
‟ミルク・イット”のイントロのヘロヘロの単音ギターと間奏部分のギターがそんな感じなんだろうな。ちょっと「ヤバイ」感じだもんね。ガシガシ弾くより狂気を感じるもの。
今までのニルヴァーナ・ソングライティング公式を捨ててアヴァンギャルドに演奏すること。唸るようなボーカルと狂気じみたシャウト。この曲からは殻を破って次のステージにいこうとしているニルヴァーナを見出すことができると思う。
デモバージョンのほうが生々しくて、バットホール・サーファーズ感出てる。笑 歌詞は全然違うけどね。
ミルク・イット 和訳
俺こそが自分自身の寄生虫
生き延びるための宿主なんていらない
お互いを滋養に生きていく
エンドルフィンも仲良く分け合うんだ
若い娘のステーキ お試しの肉
ものごとを楽観視するなんて自殺行為
視力も奪われ 俺はおまえの味方
天使の左の翼 右の翼 引き裂かれた翼
欠けているのは強い意志
それに/それとも眠り
俺は自分のペットのウィルスにも感染している
彼女を可愛がって名前もつけてやる
彼女のミルクは俺の小便
俺の小便が彼女のミルク
若い娘のステーキ お試しの肉
犬小屋の保護者
霊媒から抜け出す心霊体
からだから抜け出す骸骨
死亡記事 誕生日
俺が回復したこの場所におまえの匂いがまだ残っている
ニルヴァーナ 『イン・ユーテロ』”ミルク・イット” 対訳:中川五郎
彼女のミルクは俺の小便 俺の小便が彼女のミルク
これはある意味、究極のラブソングで、『ネヴァーマインド』の‟ドレイン・ユー”を完成させたテーマといえる。‟ドレイン・ユー”は二人の赤ん坊が養分を与え合う曲だったけれど、この曲はもっとディープに、ダークにテーマを推し進めている。
俺こそが自分自身の寄生虫
生き延びるための宿主なんていらない
お互いを滋養に生きていく
エンドルフィンも仲良く分け合うんだ
自分で自分を食い尽す。そんなカートはコートニーとお互いを滋養に生きていく。
彼女のミルクは俺の小便
俺の小便が彼女のミルク
という屈折した愛情表現はカートにしか書けないような歌詞だ。醜悪で不快なもの、お互いの排泄物(不要なもの)までも養分として共有し取り入れるというダークなロマンチシズム。
ものごとを楽観視するなんて自殺行為(Look on the bright side, suicide)
明るい場所には自殺が見える、というこの歌詞はカートが高校時代から温めていたものらしい。
‟スメルズ・ライク・ティーン・スピリット”のサビ、明かりを消せば危険が減る(With the lights out, it’s less dangerous)に似ている。
どちらも物事の裏側にこそ真実があるというメッセージなのかも。それと、カートは韻を踏んだものをノートに書き貯めていたから、曲のイメージにあったフレーズを都度使用していたとも思う。
天使の左の翼 右の翼 引き裂かれた翼
ここの韻も曲のイメージに合わせていると思う。
死亡記事 誕生日
俺が回復したこの場所におまえの匂いがまだ残っている
このフレーズが一番ラブソングっぽい。
死亡記事 誕生日(Obituary birthday) 死んだ日が誕生日、という輪廻のイメージに続いて、俺が回復したこの場所におまえの匂いがまだ残っているというロマンティックな歌詞が続くのはグッとくる。回復した場所というのはおそらく麻薬のリハビリセンターだ。
俺は死んで、生まれ変わって、回復した、そしてお前の残り香が回復場所に残っている。生々しいコートニーとの結びつきを表現した歌詞。
‟ミルク・イット”のテーマの、病気、ウィルス、人体組織、愛、誕生と死、というのは、そのまま『イン・ユーテロ』のテーマといってもいいかもしれない。翼の生えた人体模型を眺めながら聴くことをおすすめする。
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