モモ
著者:ミヒャエル・エンデ
1929年、ドイツ・ガルミッシュ=パルテンキルヘンに生まれる。父は画家エドガー・エンデ。幻想的で不穏な絵画世界を持つ父の影響は、のちのエンデ作品にも濃く影を落とす。幼少期にナチズムの時代を経験し、戦争によって日常が崩れていく光景を目にしたことは、彼の思想の底流となった。




戦後、俳優養成所で学び、劇作や批評活動を経て作家となる。1960年に発表した『ジム・ボタンの機関車大旅行』で注目を集め、その後『モモ』『はてしない物語』によって世界的な名声を得た。児童文学作家として紹介されることが多いが、実際にはファンタジーの形式を借りて、大人の世界を批判した思想家と呼ぶこともできそうだ。
エンデの作品には一貫して、現代社会への違和感が流れている。
効率、管理、貨幣、競争、合理性──それらが人間の魂を痩せさせるのではないか、という問いだ。『モモ』に登場する灰色の男たちは、その象徴である。時間を節約させるふりをして、人々の生そのものを奪っていく。
彼はインタビューなどでも、経済至上主義や機械的な価値観への懸念を繰り返し語った。エンデにとって想像力とは現実逃避ではなく、現実を回復するための力だった。幻想文学とは、世界の見えなくなった真実を照らし出す方法だったのである。
『はてしない物語』では、空虚に侵食される世界を描き、『モモ』では時間を盗まれる社会を描いた。どちらも寓話でありながら、現代人の精神状況を驚くほど正確に言い当てている。
ほんとうの時間とはなにか
灰色の男たちは、大人から時間を盗んだ。
けれど最初に異変に気づいたのは、子どもたちだった。
ミヒャエル・エンデ『モモ』は、時間どろぼうと少女の戦いを描いた児童文学として知られている。しかし、この物語の核心はもっと静かで鋭い。
町の大人たちは「時間を節約しろ」と灰色の男たちに唆され、急ぎ、働き、効率を追いはじめる。会話は短くなり、遊びは無駄とされ、誰もが忙しさに追われていく。だが、その変化を誰よりも早く感じ取ったのは子どもたちだった。作中にはこうある。
「それをはっきり感じ始めたのは、子どもたちでした」P95
子どもたちは知っている。
時間とは、予定表の空欄を埋めるものではなく、誰かと笑い、空を見上げ、退屈のなかで夢を見るためのものだと。
「ほんとうの時間というものは、時計やカレンダーではかれるものではないのです」P285
この一文が、『モモ』全体を貫く思想だろう。
時間とは数量ではなく、感覚であり、呼吸であり、心の震えそのものなのだ。大人たちはそれを忘れ、数字に置き換えてしまった。だからこそ、まだ世界を数値ではなく体験として受け取っている子どもたちだけが、時間の歪みに気づけたのである。
モモ自身もまた、真実を直感する存在として描かれる。
「モモは、灰色の男たちはほんとうのことを口にするのをおそれている、と感じました」P298
灰色の男たちは、現代社会の効率主義そのものだ。
忙しさは善であり、暇は悪であり、生産性こそ価値だと信じ込ませる。だが、その思想は「ほんとうのこと」を恐れている。人生にとって大切なものの多くは、金にも成果にも換算できないからだ。
だから『モモ』は、子ども向けの幻想小説でありながら、実際には大人への警告書でもある。
時間を失うとは、命を失うことだと。
ドイツワイン

フランスやイタリアに比べると、どこか控えめな印象を持たれがちなドイツワイン。だが、その静かな佇まいの奥には、繊細で知的なワイン文化が息づいている。
ドイツは冷涼な気候の国である。ぶどう栽培の北限に近く、十分な日照を得ることは容易ではない。だからこそ、畑は川沿いの斜面に拓かれた。ライン川、モーゼル川、ナーエ川──水面が光を反射し、急斜面が太陽を受け止める。そのわずかな恩恵の中で、ぶどうはゆっくりと熟していく。
この「ゆっくり熟す」ということが、ドイツワインの本質だ。
果実味は過剰にならず、酸は凛として保たれ、香りは華やかというより透明感を帯びる。派手さではなく、精度。力強さではなく、緊張感。飲んだ瞬間よりも、飲み終えたあとに美しさが残るワインが多い。
かつてドイツワインは甘口のイメージで語られることが多かった。実際、貴腐ワインや遅摘みワインなど、世界最高峰の甘口を生み出してきた国でもある。だが近年は辛口(トロッケン)の評価が著しく高まり、シャープでミネラル感ある白ワインの産地として再評価されている。
リースリングについて
ドイツワインを語るとき、避けて通れない品種がある。リースリングだ。
白ぶどう品種の中でも、とりわけ酸が美しく、土地の個性を映しやすいことで知られる。若いうちはライム、青リンゴ、レモン、白い花。熟成すると蜂蜜、ペトロール香、蜜蝋、ハーブへと変化していく。一本のワインの中に、若さと老成の両方が潜んでいるような品種である。
リースリングの最大の魅力は、甘口から辛口まで成立することだろう。
糖分を残しても酸が骨格となり、だらしなくならない。完全発酵させれば、鋭く端正な辛口になる。つまりこの品種は、どちらの世界にも行ける。
さらに、テロワールを映す力が高い。
スレート土壌(粘板岩)なら煙のような硬質さを、石灰岩なら白い粉を思わせるミネラル感を、砂岩なら柔らかな果実味を見せる。ぶどうそのものが主張するというより、土地の声を代弁するぶどうといえる。
ドイツ・リースリングとアルザス・リースリングの違い
同じリースリングでも、国境を越えると表情は変わる。
ドイツと、フランス東部アルザス地方。この二つは地理的にも近いが、グラスの中では明確に異なる。
ドイツ・リースリング
より冷涼で、酸が高く、軽やか。
アルコール度数も比較的抑えめで、繊細な果実味と透明感が際立つ。ライム、青リンゴ、白桃、濡れた石。口に含むと、川の流れのような清らかさがある。甘口から辛口まで幅広く、モーゼルなどでは低アルコールで可憐なスタイルも多い。飲み心地はしなやかで、余韻は細く長い。
アルザス・リースリング
一方、アルザスはより日照に恵まれ、雨も少ない。
そのため果実はしっかり熟し、アルコール度数も高めになりやすい。香りは熟した柑橘、黄色い果実、白い花、スパイス。味わいは厚みがあり、辛口が基本。骨格が太く、堂々としている。
輪郭が明確で、存在感があり、食卓でも主役を張れる。
まとめるなら
- ドイツ:軽やか、透明感、高い酸、可憐、緊張感
- アルザス:豊満、厚み、熟度、辛口、存在感
レー・ケンダーマン リースリング
レー・ケンダーマンはラインヘッセンを拠点とする、現代ドイツを代表する大手生産者の一つ。コストパフォーマンスと安定した品質で知られている。
今回選んだリースリング・カルクシュタイン は、石灰岩土壌(Kalkstein)由来のミネラル感とシャープな酸が特徴の一本で、ドイツらしい透明感のあるスタイル。
ファルツ地方の石灰岩土壌から生まれるこのワインは、レモンやグレープフルーツの柑橘香と、硬質で透明感あるミネラルが特徴。引き締まった酸と澄んだ余韻が、美しい緊張感を残すワインだ。
石灰岩の層に、何百万年もの時間が眠っている。
その地層から生まれたワインを飲みながら、時間とは貯めるものではなく、積み重なるものだと気づかされる。
忙しさに追われる夜、スマートフォンを伏せて、グラスに白を注ぐ。
時計では測れない「ほんとうの時間」を楽しみたい。
ざっくり解説 ドイツワインについて
・ドイツワインは「白ワインの国」として有名
生産の中心は白ぶどうで、とくにリースリングが代表品種。世界最高峰の白ワイン産地のひとつとされる。
・リースリングはドイツを代表するぶどう品種
爽やかな酸と高い香りが特徴。辛口から極甘口まで幅広いスタイルで造られる。
・ドイツはぶどう栽培の北限に近い国
冷涼な気候のため、川沿いの斜面で栽培されることが多い。ライン川やモーゼル川周辺が名産地。
・ドイツワインは甘口だけではない
昔は甘口の印象が強かったが、近年はシャープで洗練された辛口(トロッケン)が人気。
・トロッケン(Trocken)はドイツ語で「辛口」
ワインラベルに書かれていれば、基本的に甘くないスタイル。
・アイスワイン(Eiswein)の本場のひとつ
凍ったぶどうを収穫して搾る甘口ワイン。凝縮した蜜のような味わいになる。
・ドイツワインはアルコール度数が低めのものも多い
とくにモーゼルのリースリングは8〜10%台のものもあり、軽やかで飲みやすい。
・ドイツワインの魅力は「酸」
果実味だけでなく、美しい酸が味わいを引き締め、熟成にも耐える。
・ざっくり言うと
フランスワインが「構築美」なら、ドイツワインは「透明感」。
派手さより、静かな精密さで勝負するワイン。
・ファルツはドイツ南西部のワイン産地の名前
ドイツ語では Pfalz(プファルツ)。日本では「ファルツ」とも「プファルツ」とも表記される。
・ドイツで最大級のワイン産地
ラインヘッセンと並ぶ大産地のひとつで、生産量も多い。
・温暖で日照量が多い
ドイツの中では比較的暖かく、果実がしっかり熟しやすい。そのため、親しみやすく豊かな味わいのワインが多い。
・代表品種はリースリング
辛口リースリングの名産地として高評価。柑橘、白桃、ハーブ、ミネラル感が出やすい。
・赤ワインも有名
シュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)やドルンフェルダーなども盛ん。
・石灰岩土壌が多い地域もある
今回の カルクシュタイン(Kalkstein) はドイツ語で石灰岩の意味。ファルツらしい、引き締まったミネラル感につながる。
・食文化も豊か
ソーセージ、豚肉料理、玉ねぎタルトなど素朴で力強い料理が多く、ワインとの相性がよい。
ざっくり解説 ミヒャエル・エンデ
・ミヒャエル・エンデは南ドイツ生まれ
1929年、ガルミッシュ=パルテンキルヘン に生まれた。ドイツ南部、バイエルン州の町。
・アルプス山麓のリゾート地
オーストリア国境に近く、美しい山岳風景で知られる。冬季スポーツでも有名。
・童話的風景の土地
森、山、雪、湖。エンデ作品に漂う幻想性や神話的空気は、こうした南ドイツの自然とも無関係ではない。
・文化的にはカトリック圏の南ドイツ
北ドイツのプロテスタント的合理性とは少し違い、祭りや装飾文化も豊か。
・エンデはナチス時代のドイツで少年期を過ごした
1929年生まれ。幼少期から戦争末期まで、独裁体制と戦時下の日常を経験している。
・父エドガー・エンデは体制と相容れなかった
幻想絵画を描く父の作品は、ナチスから「退廃芸術」と見なされ圧力を受けた。国家と芸術の対立を家庭で見て育った。
・終戦間際、若年層の動員対象となった
戦争末期のドイツでは、少年たちまで防衛要員として駆り出される状況だった。エンデもその流れの中で召集された。
・しかし、従軍せず逃亡した
エンデ自身はその体制に加わることを拒み、逃亡・離脱したとされる。つまり彼は、最後の局面で「戦う側に組み込まれること」を拒否した。
・この経験は非常に大きい
国家が若者の時間と命を奪うこと。命令が個人の良心を押しつぶすこと。そうした体験は、後年の作品思想につながっていく。
・『モモ』の灰色の男たちにも通じる
人々に「その方が合理的だ」「皆そうしている」と信じ込ませ、人生を奪っていく存在。これは全体主義や管理社会の寓話としても読める。
・ざっくり言うと
エンデは、戦争に巻き込まれた少年だった。
そして最後に、「従わない」という選択をした少年でもあった。

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