パティ・スミスの母性 妹への曲
『ホーセス』の中でもポップでチャーミングな曲がこの“キンバリー”だ。
キンバリーはパティ・スミスの妹の名前。十歳以上離れたこの末妹をタイトルにつけたこの曲でパティ・スミスは、苛烈なパンク・ロッカーとは違った面を押し出している。それは、物語を語る詩人の一面と、母性的な愛情だ。“キンバリー”で彼女は自分の育ったニュージャージーの思い出と「運命」について、妹に語りかけるように歌っている。
オープニングのイントロからバンドがリラックスして演奏している様子が思い浮かぶ。パティも伸び伸びと、いくぶんぶっきらぼうに歌っている。
キンバリー 和訳
高い壁 黒い納屋
私の腕の中には うぶ着に包まれた女の子の赤ん坊
私は知っている もうすぐ空が裂けて
星々が位置を変えて
翡翠の玉がいくつも落ちてきて 存在は停止する
妹よ 空が落ちてくるけど 私は気にしない 私は気にしない
妹よ 運命の三女神はあなたに呼びかけている
雷と嵐の真っ只中に私は再び立つ
海の波が炎のように膝まで寄せてくる
場所を間違えたジャンヌダルクみたいな気分を感じるのは
あなたが私を見上げているせいだわ
ああ ベイビー あなたが生まれた時のことを覚えている
夜明け頃 私のお腹の中で嵐がやんで
私は草の上を転がり ガスを吐き出して
マッチを擦ると 虚空に閃光が走り
空が裂けて 星と星とがぶつかった
翡翠の玉がいくつも落ちてきて 存在は停止した
妹よ 空が落ちてくるけど 私は気にしない 私は気にしない
妹よ 運命の三女神はあなたに呼びかけている
私は若くて狂っていた 本当に狂っていることが自分でも分かっていた
あなたと一緒になら突破することができた
だから一つの手であなたをあやしながら
一つの心であなたに手を差し伸べた
ああ 手に取りさえすればあなたの若さを奪えることを私は知っていた
心の中の飛行機が炎に包まれ 私は平原を駆ける
赤ん坊を抱えたコウモリたちの顔に静脈が浮かび
炎に包まれてどっと納屋から飛び出す 暴力的なスミレ色の空へと
そして私はくずおれて あなたをぎゅっと胸に押し付けた
あなたの頭蓋骨はまるで唾の網のようだった
転がり込むガラス玉みたいに 論理の冷たい流れのように
稲妻に打たれながら私は祈った
何かがそれにひびを入れてくれることを
何かがそれにひびを入れてくれることを
何かがそれにひびを入れてくれることを
何かがそれにひびを入れてくれることを
椰子の木が海へと倒れ込む
キンバリー あなたが安らかでいてくれて
星のようにきらめくあなたの瞳の奥までじっと見つめられる限り
私にとってそれはそんなに重要なことじゃないの
あなたの瞳の奥を見つめている ベイビー
私はあなたの瞳の奥を見つめている
あなたの瞳の奥を見つめている ベイビー
星のようにきらめくあなたの瞳を
パティ・スミス 『ホーセス』 キンバリー 歌詞対訳:野村伸昭
何かがそれにひびを入れてくれることを
パティ・スミスがニュージャージーに住んでいた少女時代、家の納屋付近に雷が落ちたらしい。その当時の情景をパティは鮮やかに覚えていて、それを「予兆」として捉えていたようだ。
場面は妹キンバリーが産まれるところからスタートする。
私の腕の中には うぶ着に包まれた女の子の赤ん坊
そして雷が落ちることを予見した歌詞が続く。
私は知っている もうすぐ空が裂けて
星々が位置を変えて
翡翠の玉がいくつも落ちてきて 存在は停止する
妹よ 空が落ちてくるけど 私は気にしない 私は気にしない
妹よ 運命の三女神はあなたに呼びかけている
雷と嵐の真っ只中に私は再び立つ
海の波が炎のように膝まで寄せてくる
ここでパティは、空から降る予兆を感じて自身の苛烈な運命を予見しているように思う(雷と嵐の真っ只中に私は再び立つ)、そして妹には平穏な日々を送ってほしいという願いが歌われる(妹よ 運命の三女神はあなたに呼びかけている)。
私は若くて狂っていた 本当に狂っていることが自分でも分かっていた、稲妻に打たれながら私は祈ったというのはアーティストとして生きる決心を歌っているんだと思う。
何かがそれにひびを入れてくれることをと4回繰り返されているのが感動的だ。何もないニュージャージーの田舎で、稲妻という圧倒的なものが自分の何かを揺さぶり、変えてくれることを祈るパティ、それと同時で産まれたばかりの無垢なるものへの言葉として次の歌詞が歌われる。
キンバリー あなたが安らかでいてくれて
星のようにきらめくあなたの瞳の奥までじっと見つめられる限り
私にとってそれはそんなに重要なことじゃないの
パティ・スミスはアルバム『ウェイヴ』発表後、バンドを辞めることになる。フレッド・ソニック・スミスとデトロイトで暮らすためだ。私にとってそれはそんなに重要なことじゃないのの言葉の通り、愛する存在のかけがえのなさを歌っている。
この曲でパティ・スミスは、納屋に雷が落ちた、という一エピソードを神話や信念、感情をミックスさせて、妹に聞かせるような物語の形式で歌詞を作り上げている。
場所を間違えたジャンヌダルクみたいな気分
赤ん坊を抱えたコウモリたちの顔に静脈が浮かび
転がり込むガラス玉みたいに 論理の冷たい流れのように
軽快なポップソングの歌詞で、こういった詩的で文学的なフレーズが歌われるのはマジで凄いと思う。マジで。
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