完全に消滅する方法
1995年、レディオヘッドはR.E.Mの『モンスター』ツアーに同行し、メンバーと親交を深める。
R.E.Mのマイケル・スタイプは、トム・ヨークにとって師でもあり、友だちでもあり、相談役でもあった。
ある日、トムはマイケルに「ツアーのプレッシャーにどう対応すればいいんだろう?」という相談する。そこでマイケルがアドバイスしたのが「自分はここにいない、これは現実じゃないって思えばいいんだ」と伝える。
美しいエピソードだ。でも、その後日談が面白い。
R.E.Mのアルバム『リヴィール』の中に‟ディサピア”という曲があるんだけれど、マイケル・スタイプがある日、「これって、もしかして無意識にレディオヘッドの曲パクったかも……」と不安になり、トムに電話を入れる。
後日、トムから「それはもともときみのアイデアじゃないか……」と返答される。
面白い!
‟ハウ・トゥ・ディサピア・コンプリートリー”は美しいバラード調で、トムのボーカルも『キッドA』の中では「歌って」いるほうだ。
歌詞も素晴らしい。2000年当時に買った盤の帯にはこの曲の歌詞が引用されていたし、このアルバムのステートメントの一端を表していたんだと思う。そう、「これは現実じゃない」と。
ハウ・トゥ・ディサピア・コンプリートリー 和訳
あそこのあれ
あれはぼくじゃない
ぼくは行く
気の向くままに
壁をどんどん通り抜け
リフィ河を漂い下る
ぼくはここにいない
これは現実じゃない
こんなとこにいない
こんなとこにいない
もう少ししたらぼくは消える
この瞬間は既に過ぎた
そう、過ぎたんだ
だからぼくはここにはいない
こんなとこにはいない
こんなとこにはいない
ストロボの照明と
爆発寸前のスピーカー
花火に
ハリケーン
ここにはいない
これは現実じゃない
ぼくはここにはいない
ぼくはここにいない
レディオヘッド 『キッドA』‟ハウ・トゥ・ディサピア・コンプリートリー” 対訳:山下えりか
ぼくはここにいない これは現実じゃない
あそこのあれ
あれはぼくじゃない
物語の主人公は、リフィ河の上空を浮かびながらそう語る。
「ストロボの照明、爆発寸前のスピーカー、花火、ハリケーン」
これはまさしくロックや、ロックのコンサートだったり、ロックの持つ幻想を表しているように見える。主人公が「あそこのあれはぼくじゃない」と言及している事象だとも言えそうだ。
物語の主人公は、こういったイミテイションの世界から別れを告げる(この瞬間は既に過ぎた――そう、過ぎたんだ――だからぼくはここにはいない――こんなとこにはいない)
そして、主人公は「気の向くままに――壁をどんどん通り抜け」ていく。
ここが現実じゃないならなんなんだろう? おそらくはイマジネーションの世界だ。
トム・ヨークは「ロックなんかゴミ音楽じゃないか」と言った。この曲は現実逃避の曲にも思えるけれど、今の世界が肯定しているもの(行き過ぎた資本主義や、大企業)から逃れる方法を歌っているようにも思える。つまり壁を抜けろ(想像力を持て)、と。
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