ウィルヘルム・ライヒの息子の目を通した超現実
リチャード・ソウルが弾くジャズのようなピアノの調べと、レニー・ケイの絡みつくギタープレイが想像力を掻き立てる“バードランド”
9分を超える長尺の曲で、パティ・スミスはポエトリー・リーディングスタイルの歌唱を披露している。パティ・スミスはロックバンドを組む前に「詩人」としてステージに立っていた。もっとパワフルなポエトリー・リーディングがしたいと考えていたパティは、レコード屋で働いていた友人のレニー・ケイに協力を仰ぎ、エレキ・ギターを伴奏に朗読をするようになる。ときどき、違ったピアニストが参加するようになって、ポエトリーのスタイルに新鮮さが生まれてきたと実感してきた二人は、フルタイムのピアニストを雇うことになり、加入したのがリチャード・ソウルだった。
この“バードランド”は、その時のスタイルはこんな感じだったんだろうな、と思わせる曲で、穏やかなトーンなのに発するエネルギーは「熱い」という、曲になっている。
この曲はウィルヘルム・ライヒの葬儀について歌った曲だ、とされている。
ウィルヘルム・ライヒは、オーストリア人心理学者で、心理学をジークムント・フロイトから学ぶが、「リビドー(性欲)」に対する認識の違いから対立、国際精神分析学会から除名。
その後、研究を続け、宇宙には未知のエネルギーがあると提唱しそのエネルギーを性(オルガニズム)にちなんで「オルゴン」と名付ける。アメリカに転居して研究を続けていたライヒは、「インチキ」「オカルト」「疑似科学」と蔑まれ、出版物は禁書、最期は刑務所に入れられ病死する。
この精神分析、科学、思想界のアウトサイダー、ライヒはパティにある種のインスピレーションを与えたようだ。それでは歌詞を見ていこう。
バードランド 和訳
彼の父親は死んで ニューイングランドの小さな農場を彼に残した
車体の長い葬儀用の黒い車がすべて走り去ると
少年は一人で立ち尽くして
ピカピカの赤いトラクターを見つめていた
彼と父親はその中に乗り込んで
青い草原に弧を描き 夜に油を差したものだった
まるで誰かが点々と散らばるすべての小さな星に
バターを塗ったみたいに
彼が見上げると星はすべり落ち始めて
ひじの内側に彼は頭をうずめた
そして彼の身体は漂った 船の腹部へと
船の入口を開けて 彼は中に入った
すると連なる玉のような光を放つ制御盤の向こうに父親の姿が見えた
制御盤の向こうに父親を見た
今夜の父親はいつもとだいぶ違っていた
なぜなら彼は人間ではなかった 人間ではなかった
あからさまな喜びを表して 少年の顔は輝いた
彼のまぶたの周囲を太陽が焼き尽くし
瞳が2個の太陽になったみたいだった
白いまぶた 白いオパールが
少し鮮明すぎるぐらいにすべてを見ている
彼はあたりを見回してみたけど 黒い船はどこにも見えなかった
黒い葬儀用の車もなく ただワタリガラスになった彼だけがそこにいた
彼はひざまずき 空を見上げて叫んだ
お願いだ 父さん ぼくを一人にしないで
連れて行ってよ 父さん その船の中に
船の入口を開けてくれたなら ぼくは中に入っていく
そこでの父さんは人間じゃない 父さんは人間じゃない
だが少年が発した不安な叫びを誰も聞いていなかった
誰も ニューイングランドの農場の周りにいる鳥たちを除いて
そしてあらゆる方角に鳥たちは集まった
彼ら自身が散乱させた薔薇のように
コンパス・グラスのように シャーマンのブーケの先に群がって
彼が鼻を突っ込むと他のみんなは射撃に出かけた
そして彼は 連なる車の光が
まるでブレイクの両手のように彼を招くのを見た
それは彼の両頬をひっつかみ 彼の首を抜き 手足も引き抜いて
何もかもがねじ曲げられ 彼は言った
ぼくはあきらめない あきらめない あきらめさせないでくれ
ぼくはあきらめない おいで 早くぼくを引き上げてくれ
今すぐぼくを引き上げて 引き上げて 船の中へと
船の入口が開いたなら ぼくは中に入っていく
そこでのぼくは人間じゃない
ぼくはヘリウムで浮かぶワタリガラス そしてこの映画はぼくの物
空を引き伸ばしながら そんな風に彼は叫んで
ゴム人形のカートゥンみたいに空をはじき飛ばした
この時代にぼくは一人きりなの?
私たちは昼も夜もアニメーションの夢を見続ける
それはいつまでも終わることなく延々と続いていく
私には彼らが入ってくる姿が見える
ああ 昔は彼らの言っていることが聞こえなかったけど 今なら聞こえる
すべてが銀色のレーダースコープと プラチナの光
黒い船と同じように入ってくる 彼らが入ってくる 一連なりになって
彼は両手を挙げて言った
ぼくだよ ぼくだよ ぼくの両目をあげるから 引き上げてくれ
ああ お願いだから引き上げて ぼくはヘリウムのワタリガラス
あなたを待っていたんだ 引き上げてくれ 一人きりにしないで
息子 しるし 十字架 責め苦にあった女のようなその形
責め苦にあった女の真の姿
母親は玄関口に立って 息子たちを大統領にするのはもうやめて
預言者にさせようとしている
彼らはみんな夢を見て 預言者を生み出そうとしている
彼はアニメ仕立ての夢を見ながら草原を駆けていく
夢が彼の頭蓋骨を二つに割って 中からそれが出てこようとする
黒く輝くブーケみたいに 連中を打ちのめす拳みたいに
光のように ボクサーのモハメドみたいに
彼らを引き上げる 引き上げる
ああ 上がっていこう 私は上がっていく 上がっていく 上がっていく
引き上げてちょうだい 私は上がっていく あそこまで上がっていく
上がっていく 上がっていく 上がっていく 上がっていく
上がっていく 船の腹部へと 船の入口を開けてちょうだい
ぼくらはその中に入る そこでのぼくらは人間ではない 人間ではない
砂のあった場所にはタイルが散らばっていた
太陽が砂を溶かし ガラスでできた川のように固まって
すっかり固くなった時に彼がその表面を見てみると
自分の顔が映っていた
両目があった場所にはただの白いオパールが2個あった
2個の白いオパール
両目があった場所にはただの白いオパールが2個あった
そして彼が見上げると 光が射して
ワタリガラスがやって来るのが見えた
彼は背中で這うようにして 上がっていった 上がっていった
Sha da do wop da shaman do way
Sha da do wop da shaman do way
Sha da do wop da shaman do way
Sha da do wop da shaman do way
私たちはバードランドが好き
パティ・スミス 『ホーセス』 バードランド 歌詞対訳:野村伸昭
黒い葬儀用の車もなく ただワタリガラスになった彼だけがそこにいた
この曲は、死者ウィルヘルム・ライヒの息子の視点で語られる。
父が死ぬ。その現実が息子には耐えられない(彼の父親は死んで ニューイングランドの小さな農場を彼に残した 車体の長い葬儀用の黒い車がすべて走り去ると 少年は一人で立ち尽くしてピカピカの赤いトラクターを見つめていた)。
その後、謎の船が息子の上空に現れる。
彼が見上げると星はすべり落ち始めて
ひじの内側に彼は頭をうずめた
そして彼の身体は漂った 船の腹部へと
船の入口を開けて 彼は中に入った
すると連なる玉のような光を放つ制御盤の向こうに父親の姿が見えた
漂った船(UFO)の中に息子が潜入すると、ハイテクな装置に囲まれた父親がそこにはいた。だけど、父親の様子がおかしい(今夜の父親はいつもとだいぶ違っていた なぜなら彼は人間ではなかった)。
黒い葬儀用の車もなく ただワタリガラスになった彼だけがそこにいた
父は、ワタリドリになったいた。
これはどういうことなのか?
彼はひざまずき 空を見上げて叫んだ
お願いだ 父さん ぼくを一人にしないで
息子は空に向かって叫ぶ。そして「連れて行ってよ 父さん その船の中に」と懇願する。
この“バードランド”は死という現実を超現実――イマジネーションの力で乗り越える少年の歌だ。彼のイマジネーションの中で父親の死はなく、父は宇宙へと飛んで行った。ワタリドリとなって、UFOと交信しながら。
この曲は凄い。憑依したようなパティ・スミスの歌唱は圧巻だよ! 私たちはバードランドが好きだ。
コメント