散文詩 『習慣』 国東しん

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 習慣


 何を思い出したいのか不明瞭のまま、手挽きのミルを戸棚から出し、湯を沸かしている間にマンデリンの豆を二杯分、ごりごりと音を鳴らしながら挽きはじめた。一つ穴のドリッパーをガラスでできたサーバーの上に置いて、円錐のペーパーを取り出し、几帳面に端を折ってからドリッパーにセットする。薬缶がシュッシュと音を鳴らし始めては、もうずっと昔から使っている銅ポットにお湯をうつしかえ、一投目のお湯を粉の上に乗せるように差すと、まるで生きているかのようにもこもこと珈琲の粉が蠢き、じんわりと浸透していく。その間に気に入ったコーヒーカップを取り出して、そこにもお湯を注いでカップを温めながら、二投目のお湯を差すと、珈琲の濃縮されたエキスがサーバーにぽたぽたと落ち始めて、初めはゆっくり、のちに線になって底を茶色に染めていく。あとはいつものように自分のテンポを守っていると、のの字に縛られる。既定の量に達したら終わる。終わらせなければならない。のの字の呪縛から解き放たれると、カップに注いでやる。カップを渡し、それは大事なものでも持つように、小さな手で包み込んで受け取られ、吐息で少し冷ましてひと口すすられる。それから、小さな声でおいしいと呟かれる。どこまでが決められた習慣なのかわからない。気づかぬ間にキースジャレットが流れている。彼特有の呻き声が、ピアノの音と一緒に小さく、しかし確かに聞こえる。うう。という声は何かを思い出そうとしていた。もうそこまできていた。あと見つからないのは方法だけだった。

国東しん

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