散文 『3月某日』 IKU

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3月某日

Sに。

3月になったばかりの日の朝。

スマホがブルブル震えて。

「よ、まいどー。久し振りやな、元気?」

「よ、まいどーって何? 多分10年ぶりくらいだよね? ……いや、12年ぶりだわ。私、元気でもないよ。年取ったよ。それに今腰痛めてるよ」

「一気に色々突っ込むなぁ。俺も多分5歳くらい年取った」

「切るよ」

「ちょ、待てよ」

「貴方は木村拓哉さんですか?」

って、12年が埋まった。

彼は昔の仕事仲間で、ひどい時は一日20時間位一緒に仕事をしていたし、好きな野球チームが同じだったり(万年最下位で人気も最下位だった)、お互い好きな作家が一緒だったり、音楽の趣味が全然合わなかったり、何故か妙に気が合って、気が楽で、男とか女とか気にしたこともなく一番仲の良い友達で、いつもそばにいるのが当たり前だと思っていたけど。

彼が転職したり、私が結婚してあちこち引っ越したり、そしてあの地震があってから少しづつ疎遠になって、今ではお互い連絡先は知ってる、みたいな関係になっていった。

「で、何?」

「うん、Yの事覚えてる? あいつ今何してるか知ってる?」

へえ、そうなんだ。Aはアメリカ行っちゃったよね、なんて共通の知り合いの消息ばかり喋って肝心な事は全然話さない。相変わらず自分の事は言わないんだ。だったらもう、

「切るよ」

「ちょ、待てよ」

「木村拓哉さん?」

「……あのさ。昔Tが住んでたマンション覚えてる?一緒に引っ越し祝いに行ったよな」

「うん、あの〇山台のマンションね。だけどTってずいぶん前にそこから引っ越したよね?」

「うん。俺、たまたまなんだけどあのマンション買ったんだ。物件見に行ったら、あ、ここ昔、Tが住んでたとこじゃんって。奇遇だなって。で、電話した。」

「Tじゃなくて私に?」

「うん、Tじゃなくてお前に」

「それは光栄だな。で、そこにはひとりで住んでるの?」

「もちろんさ」

「もちろんかどうか、分かる訳ないでしょ?貴方と最後に会って話してから10年以上経ったんだから。

一緒に住む人くらい出来たかも知れないと思うじゃない」

って言ったけど、彼がひとりで生きていこうと決めているのはずっと前から分かってた。

もう何も失いたくないんだよね。

あの3月の寒い日、大切な人たちを沢山見送ったんだもんね。

何年振りかに大変な思いで帰郷して東京に戻って来た貴方に会ったのはその年の4月で、東京の駅も街も店も薄暗かったのを覚えてる。昨日の続きで明日も会うような気軽さで、いつも通り貴方は自分の事は話さず、こちらも聞けず、どうでもいい世間話だけして、いつも通りまたねって別れたね。

それが最後になるなんて思わずに。

故郷から帰って来て、私の事を思い出してくれたんだよね?

話したい事あるんじゃないの?

私たち友達だよね?

ってあの時も言えなかった。

「そんな訳で引っ越しも終わったし場所わかってるんだから今度遊びに来てよ」

「うん、行く行く。だけどそっちこそ遊びにおいでよ、ご飯作るからさ。旦那も貴方の顔見たら喜ぶよ。今私が住んでるところ、海が近いから一緒に散歩にも行こうよ」

「うん、行く行く」

「また連絡してよね、私もするから。また12年後とか怒るよ」

「するする」

でも分かってる。きっと彼がうちに来ることはないし、私が彼の家を訪ねることもないだろう。

だって。友達だよね?

また言えなかったけど。

私も3月が来る度に貴方を思い出してたんだよ。って自分に言い訳をする。

IKU

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