エッセイ 『サンデー・モーニング』 我妻許史

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第四回『サンデー・モーニング』

 日曜日の朝はスロウだ。降る光も時間もスロウ。そんなできたての朝の中、いつもより丁寧にコーヒーを淹れて、いつもよりゆっくりコーヒーを飲む。バスタブにお湯を張っていつもより長く湯につかる。スマホを放り投げて、レコードプレーヤーで音楽を聴く。そんなちょっとのスロウが贅沢を生む。水がいつもより美味く感じる。こんな朝は税金を払ってやってもいいかーという気分になる(いや、普通に払えよ)。

 日曜日の朝、道は空いているし、車もほとんど走っていない。いつも歩く道が広く感じるだけで、幸福の目盛りが一段階上がる気がする。

 こけし屋の朝市は、日曜の朝の風物詩だった。昭和二十四年創業の老舗洋食屋こけし屋は、毎月第二日曜日に朝市を行っていて、朝市の日にはグルメ好きの近隣住民で大賑わいになったものだ。

 こけし屋は今年の三月に(一旦)幕を下ろし、現在はロープが張られている。当たり前の景色が消えてしまったとき、慣れるのには時間がかかる。こけし屋の前を通るたびに、「そうだ、こけし屋閉店したんだ……」と思ってしまう。こけし屋のない西荻窪は抜け殻のようだ。

 午前が終わって日曜日の魔法が失っていく。街に人が増え、車が行き交い始める。俺は避難するように行きつけの居酒屋に入って瓶ビールを注文する。

「こけし屋のミルフィーユ覚えてる? 苺が入ってない素朴なパイって感じのやつ」

 女将はそれを無視して「蕎麦食べる?」とぼくに訊く。

「手打ちなんだけど」

「……食べる」

 俺は千枚の葉っぱと呼ぶには頼りないこけし屋のミルフィーユを思い浮かべる。

「また食べたいなあ」

 女将は一瞬俺のほうを見る。そして頷き、厨房に引っ込んでいった。

我妻許史

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