二十年以上東京に住んでいた僕が福岡に移住して考えたいくつかのこと ⑩ワインについて考えた 我妻許史

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ワインについて考えた

 二十代から三十代半ばまで、ワインに関わる仕事をしていた。フレンチカフェ、ワインバー、フレンチレストラン、酒屋での販売、輸入ワインの営業……思いつく限りの現場は一通り経験したと思う。

 ワインという存在を初めて意識したのは、中学生の頃だった。友人のRが持っていた、城アラキ原作・甲斐谷忍作画の漫画『ソムリエ』を読んで、「へえ、こんな世界があるのか。ワインって面白いじゃん」と思った(当時は福島にいたので、正確には「んあ〜、こだ世界あんのが。ワインっておもしぃべしたぁ」と思った)。

 よく「ワインは難しい」と言われる。だからこそ、専門知識をもつソムリエという職業が必要なのだと知った。知識が武器になるソムリエは、なんだかかっこいい。田舎の中坊だった僕は、素朴にそう思った。

 ……けれど、そんな感想を抱いたのはほんの一瞬だった。地元ではワインを目にする機会なんてなかったし、僕の興味もロック、ファッション、漫画、女の子と、フラフラ移っていった(ああ、思春期!)。

 その後、ニルヴァーナに影響を受けてバンドを始め、入学したばかりの高校を中退。フリーターになった僕は、髪を伸ばし、ボロボロのジーンズを履きながら、着実に社会不適合者への道を歩んでいった。通うのはスタジオ、レコード屋、安居酒屋。飲むのはビールと酎ハイ。ワインなんて「貴族の飲み物だ!」と決めつけて、友人が頼もうとすると「そんなもん飲むな!」と罵倒していた(ああ、若さの愚かしさよ!)。

 再びワインが僕の人生に現れたのは、数年後、フレンチカフェでアルバイトを始めたときだった。そこは、パリに本店を構えるクラシックなカフェで、ギャルソンもソムリエも在籍していた。

 正直、最初は「カフェなんてしゃらくさい」と思っていた。けれど、働き始めてすぐに知った。ヨーロッパのカフェというのは、日本で言うところの居酒屋のようなもので、気軽にワインやビールを楽しむ場所なのだと。実際、パリのカフェの歴史を調べてみると、作家や詩人、芸術家たちが集い、ワインやアブサンを片手に、だらだらと芸術談義をしていたという。

 ニルヴァーナしか知らなかった田舎の小僧は、自分の浅はかさを恥じた。ワインは「貴族の飲み物」なんかじゃなかった。むしろ、驚くほど気軽な酒だった。開ければすぐ飲めるし、面倒な割りものもいらない。しかも、ただ造るだけなら、ワインほどシンプルな酒はない。ぶどうは、放っておくだけで勝手にアルコール発酵する。だから、ワインの歴史は古い。おそらく、最初のワインは偶然生まれたのだと思う。チーズやパンと同じように。

 そのカフェには長く在籍していたから、たくさん友人ができた。演劇をやっているやつ、絵を描いているやつ、アーティスト活動をしているやつ、将来レストランを開きたいというやつ……。僕は「バンドマン」として認識されていた。まだ小説は書いていなかったけれど、店が主催する文学賞の授賞式で中原昌也、平野啓一郎、麻吹麻里子らを目の当たりにして、作家という存在に憧れを抱いたのは事実だ。とくに中原昌也には、強烈なシンパシーを感じた。作家なのに、偉そうじゃない。文学という堅い言葉からはみ出した場所で生きているような気がして。

 二十九歳のとき、同僚に誘われてソムリエ試験を受けることにした。とくに熱意があったわけではないんだけれど、受けると決めたら漫画『ソムリエ』のことが頭によぎった。なろうと思えば「あれ」になれるんだ。と思った瞬間を、今でもはっきりと覚えている。

 高校を中退した身としては、勉強そのものが新鮮だった。参考書にマーカーを引き、ノートに字を走らせていると、自分が真人間になったような気がしてきた。

 とはいえ、飲食業をしながらの受験勉強はきつかった。帰宅は深夜だし、勉強のためにワインを何種類も飲み比べる必要があるし。当然、飲めば酔うし、酔えばどうでもよくなってしまう。翌朝には何も覚えていない……そんな日々の繰り返しだった。しかも、殺して飲んでいるから美味しくない。

 それでもなんとか、ソムリエ資格を取ることができた。資格を取ったあと、僕が最初にしたことは、居酒屋に入ってビールを飲むことだった。授与されたソムリエ資格の賞状を丸めて鞄に突っ込み、ワイン漬けの日々から解放されて飲むビールは、痺れるほど美味かった。

 こうして僕は、「バンドマン」から「ソムリエの人」として見られるようになった。妙な感覚だった。

 さて、ソムリエになって、ワインとの関係はどう変わったか?

 変わったともいえるし、変わらないともいえる。昔から好きだった銘柄はいまでも好きだし、選ぶ幅は少し広がったかもしれない。でも、なにより大きかったのは、「ワインと向き合う姿勢が、大らかになった」ことだと思う。

 勉強中は、「これは良いワインだ」「これはちょっと……」などと、知識で飲んでいた節があった。けれど、いまではスーパーのワインも、居酒屋のワインも、全部が美味い。この感覚が当たり前なんだろう。ワインは、そもそも美味い飲み物なのだから。

 サービス業経験者なら共感してもらえると思うけれど、僕は外食の際、つい従業員の所作を観察してしまう。動き、声のトーン、客への視線。アルバイトか、正社員か、どれくらいのキャリアか。つい想像してしまう。

 次に見るのはワインメニュー。注文するのはカジュアルなものばかりだけど、メニューを見れば、その店がどのくらいワインに力を入れているかが、だいたいわかる。

 福岡に来て驚いたのは、ワインにこだわる店の多さだ。真剣にワインを扱っている店が、想像していた以上に多いのだ。

 飲食店でワインを扱うのは、意外と面倒くさい。在庫は切れやすいし、ビンテージが変われば味も変わるし、ラベルのデザインまで変わったりする。だから、大手ビール会社にドリンクメニューを丸投げする店も少なくない。そんな中で、しっかりとしたワインリストを組んでいる店は、やる気がある証拠だ。

 もう一つ気づいたのは、ナチュラルワインを扱う店の多さだ。東京でも一時期ブームがあったが、天神や博多を歩いていると、ナチュラル系のワインを推す店をよく見かける。多すぎるような気もするけれど、流行りだけでやっている店は、いずれ自然淘汰されるだろうから気にしないことにする。

 いくつか、哲学を感じる素敵な店も紹介しておきたい。

 まずは美野島にあるワインバーA(仮名)。音楽とワインを愛する店主のセレクトはどれも素晴らしく、話も弾んでつい長居してしまう。東京から友人が来たときは、必ずここに連れて行く(そのあと長浜御殿に行くところまでがセット)。

 春吉にあるK(仮名)も素晴らしい。サロンのような空間で、日常を忘れてグラスを傾けることができる(本棚に並ぶ本もセンスがよくてほれぼれする)。

 西新にあるワインショップNもおすすめだ。店主が自ら買い付けているため、なかなか知る機会のない本場のワインに出会える。掘り出し物も多く、気がつくと長時間滞在してしまう。

 お店ではないけれど、天神で開催された「福岡ボルドー祭り」も良かった。こうしたフードフェスは、値段が高すぎたり、スタッフの接客がいまいちだったりして、がっかりすることが多い。けれど、このイベントは違った。価格は適正、接客も丁寧で、ワインをきちんと楽しめる空間だった。

 実は、福岡市とボルドー市は姉妹都市(福岡の人でも知らない人いそう)で、四十年以上の交流があるらしい。もしかすると今後、福岡のワイン文化は、もっと面白くなっていくかもしれない。

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