中島久枝/しあわせガレット ブックレビュー

レビュー/雑記
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世界最速レビュー#21 中島久枝著『しあわせガレット』

2023年8月15日ごろ、中島久枝の新刊エンタメ小説『しあわせガレット』が発売されます。

「世界最速レビュー」シリーズとは、発売日まもなく書店員がその小説の見どころをたっぷりお伝えする連載です。

しあわせガレット|書籍情報|株式会社 角川春樹事務所 - Kadokawa Haruki Corporation
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「店の名前はポルトボヌール。幸せの扉って意味よ」――。 派遣契約が終わった日の帰り道、バターと砂糖の甘い香りに誘われて詩葉が見つけたのは、千駄木の路地奥にある「ガレットとクレープの店 ポルトボヌール」。アンティークな雰囲気の店を一人で切り盛りするのは、赤い髪の店主・多鶴さんだ。こだわりの詰まったガレットをひと口食べて魅了された詩葉は、4日間通いつめ、雇ってもらうことに。多鶴さんの焼くブルターニュ仕込みのガレットと謎めいた常連さんに囲まれて、未婚、子なし、貯金・家なし、35歳の詩葉の新たな生活が始まる――。

角川春樹事務所

主人公の新しい勤務先「ポルトボヌール」

派遣社員としてひとつの職場での任期を終えた主人公・詩葉はくたくたの毎日の中で「ポルトボヌール」という、ガレットとクレープのお店に出会います。

「店の名前はポルトボヌール。幸せの扉って意味よ」

店主にそう言われ、甘い香りに誘われて扉を潜る主人公の詩葉。

自分の人生の新しい扉を開きたいと、「ポルトボヌール」のスタッフとして働かせてもらえるよう交渉に努めます。

強力なパワーを持つお店「ポルトボヌール」

わたしの主観ではありますが、クレープやガレットの専門店と聞いてイメージしたのがふわふわとした柔らかい雰囲気の店でした。

勝手なそんなイメージと「ポルトボヌール」は少しだけ異なります。

まずは主人公と「ポルトボヌール」の出会いが主人公が自ら扉を開くというものではなく、店主の方に声をかけられて少し緊張しながら入店したという点です。

この出会いにより主人公の人生は大きく転換していくことになり、詩葉にとっても良いきっかけとなります。

このシーンは「ポルトボヌール」がかなり強力パワーを持ったお店なのかなと感じさせる印象的な描写でした。

譲らないポリシー

「ポルトボヌール」の豊富なガレットとクレープのメニューは、メニューページにいっぱい並んでいるだけではなくて、好みの食材やフレーバーを伝えて独自に作ってもらうこともできるそうです。

一見、オーダーメイドさがあり、お客さんにより寄り添ったお店のイメージ。

しかし、お客さまに対して厳しい点もありました。

こちらのお店「ポルトボヌール」のスタンスは、あくまでもフランス流です。

お客さまには1人ワンプレートのオーダーをお願いしています。

シェアをして食べられることを店主の多鶴がとても嫌うのです。

理由はフランス人は自分の食べたいものを注文して楽しむから。

周りの雰囲気に押されたりするようなお店にはしたくないのでしょう。

「分け合うことをもちろん大切。けれど、私はこれが好きと主張をしっかりとする事はもっと大切」

そうした「ポルトボヌール」店主・多鶴の考えが小説『しあわせガレット』の中には何度も登場しています。

第1章で女子会のために「ポルトボヌール」を訪れた女性3名客は、シェアができないということがどうしても理解できずにいました。

「ならば、これなら良いのではないか」

「こうしたら許してもらえるのではないか」と、あれこれ言いながら結局こっそりシェアし合いしながらガレットをいただきます。

その様子を店主の多鶴は、とても苦い表情で見ているのでした。

しっかりとした心を貫いている、強靭なメンタリティーのガレット屋さん。

それが「ポルトボヌール」というお店です。

ブルターニュとゴーギャン

この小説『しあわせガレット』のなかで何度も登場するのがゴーギャンのある絵です。

これは主人公である詩葉の人生にも、「ポルトボヌール」店主である多鶴の人生にも、幾度となく登場し、彼女たちに影響を与えるというミラクルな1枚です。

ブルターニュの景色を背景に、少女が描かれているというその絵。

もしかしたら一度はどこかであなたもみたことがあるかもしれません。

ゴーギャンが人生のほんの数年を過ごし制作にあてたブルターニュのある地方でガレットを学んだ多鶴には、「本場のブルターニュ」を損ないたくないという強い思いがあるように読み取れました。

私はそこで、ポンタヴァン派の画家たちにとって、切り取るべきブルターニュの景色は一体どのようなものだったのだろうと考えます。

自分の絵を書くための素材であるのか、自分のイマジネーションを突き動かしてくる存在であったのか。

どちらが陰で陽なのか。

それは決してどちらかが「弱者」なのではなくて、フィクションの中に存在するリアルをどう持つかという問題なのではないかと感じました。

『しあわせガレット』でブルターニュを語るもう一つのモチーフ

そのようにブルターニュを大切にして、ブルターニュを語るモチーフがこの小説『しあわせガレット』の中にはもう一つ登場します。

それが主人公の詩葉が発見した、あるブログです。

閲覧数がそう多くなく、刺激的なことを書いても反感のコメントがそう集まらないようなまだ小さなブログかもしれません。

しかし、主人公の詩葉はそのブログについ惹きつけられてしまうのです。

このブログの運営者は誰なのか。

小説『しあわせガレット』の読者が、最も気になる点となるでしょう。

文:東 莉央

東 莉央

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