J.D.サリンジャー/このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ブックレビュー

レビュー/雑記
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ホールデンの兄ヴィンセント・コールフィールドが主人公

2018年に出たサリンジャー本の最新訳。

タイトルは『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年』この作品には表題を含めた9つの短編が入っている。

『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる』は『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の主人公ホールデン・コールフィールドの兄、ヴィンセント・コールフィールド軍曹が主人公。

『ハプワース16、1924』はサリンジャーが最後に出版した小説。いわゆる「グラース家」ものの最後の作品だ。

さて、今回の『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる』は、かなり昔に荒地出版社で出たサリンジャー選集(2) 若者たち〈短編集1〉に『マヨネーズぬきのサンドイッチ』として収録されている。今回は新訳として登場。

このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる

舞台は戦時中のジョージア州。9日間雨が降り続いている。主人公のヴィンセント・コールフィールドは雨に打たれながらトラックの中で寒さでぶるぶる震えている。ヴィンセントの職位は軍曹。34人いるこのチームのリーダーだ。今夜はこの街でダンスパーティーが開催される。久々にハメを外せるということで全員が楽しみにしている。だけど、このパーティーに参加できるのは30人きっかりと決まっていて、4人がはみ出てしまう。リーダーのヴィンセント軍曹はこの中の4人を基地に返さなければならない。だけど、34人全員がどうしても、なにがなんでもパーティーに参加したいと思っている。

ヴィンセントは、この中の4人をどうやって決めるか、そしてどうやって帰す人間を決めるかをうんざりしながら思案している。

だけど、目下の悩みの最中に弟のホールデンのことが頭から離れない。

ホールデンは、太平洋での作戦中に行方不明になっている。ヴィンセントにはそれが信じられない。

どうしても弟の頭から離れられない中、ダンスパーティーに連れていく人選も決めなければならない。作家でもあるヴィンセントは、「今はホールデンのことを忘れろ」と自分に言い聞かせる。そして、パーティーから帰ったあとにこの侘しいトラックを題材に、いつまでも読み継がれる詩を作ろうと考える。

その詩のタイトルは「こないだ乗ったトラック」「戦争と平和」「このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる」か、そんなことを考えていると部下たちに「軍曹、どこ出身ですか?」や「今日の女の子可愛いですか?」とかうんざりすることを何度も訊いてくる。

そしてヴィンセントの上司である中尉がやってきて、今日のパーティーに連れていく30人は決まったのか? とヴィンセントに訊ねる。

ホールデン、どこにいるんだ?

ヴィンセントはこの作品の中で何度もホールデンに呼びかける。

軽口を叩く皮肉屋のホールデンを思い出したりもする。

だけどヴィンセントは現在、うんざりした侘しい場所にいてホールデンに何度も呼びかける。

骨まで、孤独の骨まで、沈黙の骨までぬれて、足元の悪い道をトラックまで歩いてもどる。

 ホールデン、どこにいるんだ? ~中略~ もう冗談はやめてくれ。みんなに行方不明だなんて思わせるのはやめろよ。

このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年 J.D.サリンジャー 金原瑞人 訳 株式会社新潮社

この作品は都会的で皮肉っぽいサリンジャーの作風からは程遠く。ユーモアセンスも、ときどき顏を覗かせはするけれど、基本的に暗い物語だ。

この作品で、ホールデンは19歳ということになっていて、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のホールデンは16歳。

書いた順番でいうと、『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる』が先(ホールデン19歳)で、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が後(ホールデン16歳)だ。

サリンジャーはホールデン・コールフィールドという少年を少年のまま永遠に閉じ込めたかったのかもしれない。太平洋戦線で行方不明になったホールデンはその後、どうなったのかは誰も知らない。

戦争中のヴィンセントは無感覚になり、ホールデン(少年性)を呼ぶことで、取り戻せない過去へ、感情を取り戻そうとしているように思える。

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を知っている読者にとって、この作品はホールデンを描かないことで、よけいにホールデンのことが気になってしまう。できればヴィンセントの目の前に現れて、冗談を言ってほしいと願ってしまう。

「ホールデン、どこにいるんだ」

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