僕の世代に与えられた使命は、陳腐な常套句をなくすことなんだ
リズミカルなビートに若干牧歌的な歌がミックスされた“シシーネック”
『オディレイ』のライナーノーツを書いている田中宗一郎氏が「個人的にはアルバムで一、二を争うナンバーだと思っている」とコメントしている通り、完成度の高いポップソングだ。
どことなく古い感じ(カントリー)なのにちょっと新しい(オルタナティヴ)、そこがこの曲の魅力だと思う。
ベックはこの曲について次のように解説している。
ライン・ダンスとコカインで徹夜した朝。3本の管(チューブ)につながれたうえ、ズタズタにされて痛む心臓。レクリエーション・センターの卓球大会の集まり。それが、〈シシーネック〉なんだ
『ベック』ジュリアン・パラシオス著 山本安見訳
一見、適当なことを言ってインタビュアーを煙にまくコメントかな、と思ったけれど、ハッタリっぽいこれらの発言には共通点がある。それは「疲労感」や「退屈さ」
というところで“シシーネック”の歌詞を見ていこう。
シシーネック 和訳
タイヤなんか要らない
ガソリンも要らない
なぜなら 吹く風が
煙を吹き出すマシーンの勢いだから
あんたにこう言ったらどうなるだろう
俺は行く当てを探しているんだ と
だって首が折れちまったし
ズボンもちっとも大きくならないから
俺にあるのは 寝取られた嫁と見せかけだけの暮らし
それから昔からの仲間が数人
3ドル札に遺書を書いておく
夜のうちに
友達はそろって言う
何かが始まりつつある と
おれのこのヒゲも
レザーを着れば消えちまうだろう
俺のベイビーの話をしてやろうじゃないか
あの娘はアリゾナ生まれで
今は牢屋でおとなしくしてる
いいマナーを身につけようとがんばってんだ
マッチを擦る
俺はバス停までバイクを飛ばす
みんなが俺の名前を知っている
あのレクリエーション・センター
小銭でも見つかれば
今夜はそれを手切れ金にしちまいたい
誰も知らないんだもんな
過ぎし良き時代が どこで冷たくなってるか
泣きつく相手を探してるんなら 俺には話しかけるなよ
泣きつく相手を探してるんなら 俺には話しかけるなよ
Beck ODELAY SISSYNECK ベック オディレイ シシーネック 対訳 染谷和美
泣きつく相手を探してるんなら 俺には話しかけるなよ
タイヤなんか要らない
ガソリンも要らない
なぜなら 吹く風が
煙を吹き出すマシーンの勢いだから
新時代のフォークって感じがする、イケイケなスタートだ。
だって首が折れちまったし
ズボンもちっとも大きくならないから
俺にあるのは 寝取られた嫁と見せかけだけの暮らし
それから昔からの仲間が数人
3ドル札に遺書を書いておく
イケイケから一転、負け犬のブルース的な世界が描かれる。
夜のうちに
友達はそろって言う
何かが始まりつつある と
俺のベイビーの話をしてやろうじゃないか
あの娘はアリゾナ生まれで
今は牢屋でおとなしくしてる
「俺のベイビーの話」「あの娘はアリゾナ生まれ」「牢屋」ブルースの典型、常套句ともいえるようなフレーズが続いていく。
誰も知らないんだもんな
過ぎし良き時代が どこで冷たくなってるか
このフレーズは素敵だ。ここでベックは問う。ブルースはいつ過去のものになったのか? と。
泣きつく相手を探してるんなら 俺には話しかけるなよ
そして、この歌詞からは「世代の代弁者」と言われたベックの反発心が現れているようにも感じる。
ベックは語る。
「僕の世代に与えられた使命は、陳腐な常套句をなくすことなんだ」と。
陳腐な常套句には「疲労感」や「退屈さ」がつきまとう。つまり、ブルースってこんな感じでしょ? フォークってこんな感じでしょ? みたいな感じに。ベックは確かに、ブルースやヒップホップ、カントリー、ロック…様々なジャンルを横断し、ミックスするのに長けたアイデアの人だはと思うけれど、根底にあるのはソウル、そして死者へのリスペクトなんだ。
ジャンルとして固着した瞬間にその音楽は冷たくなってしまう。
ソウルがあってリスペクトがあれば吹く風が煙を吹き出すマシーンの勢いになるはずなんだ。
『オディレイ』の楽曲は今でも新鮮に聴こえるし、ただのアイデアの産物ってだけじゃなく、ルーツ音楽に負けない強度で鳴っている。
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