世界最速レビュー#17 藤岡陽子著『リラの花咲くけものみち』
2023年7月20日ごろ、藤岡陽子の新刊『リラの花咲くけものみち』が発売されます。
「世界最速レビュー」シリーズとは、発売日まもなく書店員が、その小説の見どころをたっぷりお伝えする連載です。
「大丈夫、私にはおばあちゃんがついている」
藤岡陽子最新小説の『リラの花咲くけものみち』は、おばあちゃんっ子の主人公・聡里が登場します。
この「大丈夫、私にはおばあちゃんがついている」という言葉は、聡里が大学進学のために家を出て寮に入る日に、胸の内を語る一文として登場します。
小説『リラの花咲くけものみち』のごく序盤に登場するこの言葉。
まだ読者は主人公・聡里のことをまったく知らない状態です。
過剰なほどにおばあちゃんがだいすきな子なのかな、と思うことでしょう。
この主人公の祖母はストックキャラクターのように「のんびり」「穏やか」なおばあちゃんとは少し違います。
おばあちゃんにベッタリの主人公に変わり、テキパキと引っ越しを済ませます。
これから孫がお世話になる方々に挨拶を抜からず、初めて会った人と楽しそうに会話している様子もあります。
今、孫に一緒にいてもらうことよりも、孫が立派に独り立ちできることを重要視している様子です。
引越しの日の別れ際もひじょうにさっぱりとしています。
素早く荷物を運び入れた祖母は主人公の思いの外早く「じゃあいくね」と伝え部屋を出ていってしまいます。
聡里が空港まで送ると主張するのに対し、生活費をやりくりすることを思い出させ、交通費がもったいないと言うのです。
とてもしっかりとしたお堅いおばあちゃんだと感じました。
対して主人公の聡里の人柄が気になってきます。
『リラの花咲くけものみち』主人公・聡里について
北農大の獣医学類1年生として入学する主人公の聡里。
彼女はまず、新しい環境でお世話になる人へ「あいさつをする」ことに苦戦していきます。
主人公は決して無礼なのではありません。
人と話すことが極度に苦手なのです。
主人公の胸の内を小説として読むことができる我々読者は、その聡里本人の思いをひしひしと読むこととなります。
大きな声で。はきはきと。
しっかりと話さなくちゃ。
幾度となく聡里はそう、心の中で思っているのです。
そして結果、思うように口にできないことの方がずっと多いのです。
同じ大学の人と同じ寮に暮らす主人公。
寮のお部屋は4人部屋です。
人とともにいることが苦手な主人公・聡里にとっては初め、自宅である寮もなかなか息つけず苦労している様子でした。
ルームメイトとの確執に悩むシーンもあります。
読みながら心苦しくなるほど、内にものを溜め込んでしまう主人公。
知り合って間もない先輩や友人にさえ、もっと思うことを言っていいんだよと言われるほど物静かな学生です。
そんな主人公がどのような「他者と心を通わせる」体験を積み重ねていくのかが、この小説『リラの花咲くけものみち』で終始一貫して注目すべきポイントとなるでしょう。
獣医さんになりたいという思い
『リラの花咲くけものみち』作中の北農大獣医学類で学ぶ学生たちは、様々な夢を追っている眩しい若者たちです。
圧倒的に多いのが動物が好きな人たち。
そして、実家が牧場を営んでいたり動物病院だったりと、親御さんの背中を見て育った人も多いです。
そんな中で主人公は自分がなぜ獣医を志したかを何度も振り返ります。
学友たちとともに切磋琢磨し積極的に学んでいきます。
もし学費を気にしていない身分だったとしても、遊び呆けることなく努力をしていたのだろうなと感じさせる真面目さを見せてくれます。
北海道と花
途中主人公の聡里は、寮の先輩にこう尋ねます。
北海道の人がなぜそんなに花に詳しいのか、と。
読みながら私も「確かに!」と思いました。お花の話題が多いことを不思議に思っていたところでした。
登場人物たちは日常生活の中に身の回りの動植物の話題を織り交ぜます。
つるっと花言葉を解説してくれる場面もとても多いです。
土地柄、豊かな自然に囲まれて生活していると自然と花が好きになるのだということでしたが、私は北海道の実り多き広々とした風土も関係しているのではないかと思いました。
『リラの花咲くけものみち』の登場人物たちの心が伸び伸びしているように感じたのです。
余裕があることでふとしたものに目も行きますし、それに興味を持って調べてみる余裕も出てきます。
そうした伸び伸びとした環境へ来ることができた主人公。
例えだいすきな祖母と離れて学ぶことになったとしても、彼女にとってこの学生生活はきっと心身ともに恵になるだろうと直感しました。
文:東 莉央
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