池澤夏樹/きみのためのバラ ブックレビュー

レビュー/雑記
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池澤夏樹 きみのためのバラ

1945年北海道に生まれた池澤夏樹は、作家である福永武彦と、詩人である原條あき子を両親に持ち、埼玉大学理工学部を中退後、詩集『塩の道』でデビュー。詩作や小説だけではなく、エッセイの執筆、翻訳や書評まで幅広く手掛けている。

きみのためのバラ

あらゆる国を旅している池澤夏樹だからこそ描ける作品がある。その一つが『きみのためのバラ』で、表題作を含む8つの物語から成る短編集である。

言語も、生活スタイルも、時間も全てが違うけれど、世界のどこかの空の下で、繋がっているわたしたち。

人や場所、ものとの出逢いと別れ。短いけれど、確かに存在した、濃密な時間。

そんな、日常の一瞬を切り取ったかのような、この物語は、寂しさと静けさが隣接していて、池澤夏樹特有の端正な文章が、穏やかさの中に深みを出してくれている。

沖縄。パリ。カンボジア……。世界のあらゆるところで人々は出逢い、言葉を交わし、そして別れる。もう二度と会うことがない人だからこそ、話せることがある。交わる言葉がある。

戻ることのない時間だからこそ、今この瞬間を、愛おしく感じるのかもしれない。

生きている限り、結局のところ、みんな孤独で、他人と完全にわかりあうことなど出来なくて、不意に他人の悪意に触れて落ち込んだり、進む道が分からなくなったり、前が見えなくなることがある。

けれど、誰かとの会話だったり、出逢いに、心を満たされることもある。

その出逢いは、必ずしも、大切な人だとは限らず、そのとき重要じゃなかったものだったとしても、後から振り返ったら、人生の重要な位置を占めていたような、そんな出逢もある。

孤独だからこそ幸福を感じられるし、幸福を感じられるからこそ、孤独を感じられるように、マイナスな感情は、いつだって表裏一体で、この物語は、そのような気持ちを抱えている人に、柔軟に対応して、暗闇に灯を燈してくれるような作品だと思う。

劇的に大きなことは何も起こらず、書かれているのは日常的に起こる些細な出来事でしかなくて、「ちいさな奇跡」と呼べるくらいの、この物語内での出逢いは、世界に知られることもなく、読んだ人の心の中だけに静かに、そっと、残り続けてくれる。

そして、読了後には、固くなった心を、すこしだけ柔らかくほぐしてくれる気がするのだ。

どれだけ言語が違っていても、住んでいる国が違っていても、他人のことを思った気持ちは、言語を超えて、心を交わせることになるのかもしれない。

文:紫吹はる

紫吹はる

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