津村記久子 新刊『水車小屋のネネ』
2023年3月2日(木)頃、津村記久子さんの新刊『水車小屋のネネ』が発売されます。
当記事では現役書店員がどこよりも早く、『水車小屋のネネ』の魅力をたっぷりお伝えします。
姉と妹、そして「ヨウム」のネネ
物語の主人公は、小学3年生の律とその姉で18歳の理佐。冷淡な親から逃げて山あいの町にたどり着き、隣人らに見守られながら大人になっていく――。
毎日新聞
『水車小屋のネネ』に登場する10歳違いの姉妹、律と理佐は、親元を離れ、蕎麦屋の給仕をしながら※ヨウムのネネと暮らします。
※オウム目インコ科の鳥類。知能が非常に高く、人の言葉をよく覚える種として名高い
妹のことを「りっちゃん」と、すぐに言えるようになったネネは「さ」の発音が苦手。
姉の理佐のことを「りすぁちゃん」と呼びます。
「さ」の練習をして、頑張って名前を呼んでくれようとするネネ。
人間の3歳児ほどの知能を持つとされるネネ。
自分に難しいことは必死に吸収し、時に得意げになって胸を張ります。
ネネの隣での、姉妹の40年。それが『水車小屋のネネ』という小説です。
母を愛す姉
幼い日の姉・理佐は、「どうしてわたしは母の力になれないのか」と悔しがります。
母はなぜ自分ではなくよその男を必要とするのか。
10代の娘には、まだ理解のし難い問題だったのでしょう。
おとなの読者は割と簡単に思いつくと思うのですが、それを理佐に伝えてあげる方法がありません。
異性に寄っかかっていないと生きていけないタイプの人生があるのだよと知っていれば、彼女はもっと傷付かなくて済んだのでしょうか。
同時に、こんなに若いうちには知るべきでないかとも思います。
終盤に向けて、母親がそんなタイプの大人であると理解したように見えます。
が、後半に理佐の目線で語られる章はありませんでした。
「彼女は何を思ったのかな」
「幼い頃の自分になんて言葉をかけたがっているのかな」
そんなことを考えます。
妹を愛す教師
妹・律の転校先での担任、藤沢先生。
藤沢先生の親切に対し、「(自分よりも)もっと困難な状況にある人のために使われるべきなのではないか」という律の心の声があります。
藤沢先生は別に困難な状況の人を助けたいのではないはずでした。
「律を」助けたいと思っているのだろうと、勘づく読者は多いのではないでしょうか。
優秀で、ちょっぴり内気な転校生かもしれないけれど、藤沢先生はその生徒をとてもよくみて気にかけてくれています。
作品半ばで大人になった律。
藤沢先生へ密に連絡を取り、熱心に顔を見せています。
彼女は藤沢先生がだいすきなのだと思います。
そして、この人はお金がなかった私を助けたかっただけではないかもしれないと。
藤沢先生も自分を好いてくれているのかなと、ほんのり感じてくれていれば良いなと思います。
人徳がものを言う世界であったなら
そんな2人のまさに「人徳」が、姉妹自身を救ってくれる物語です。
優しいことや、あたたかいことが、惜しみなく人々の間を駆け巡ります。
さらにもうひとつ、見逃せない面があると思います。
それは、ぽんと姉妹の人生に登場した男子中学生への接し方です。
敬語を使い、彼のことを上の名前で呼び、ひとりの大人のように扱います。
いま、ぽんと目の前に中学生が現れた時に、そうした接し方をする人は少ないと思いました。
これは「幼く若い人でも、必ずしもこどもではない」と分かっている姉妹だからこその接し方ではないでしょうか。
幼くて若い時に、周りの大人が思っているほど「何もわからないこども」時代なんぞ過ごしていなかったふたり。
中学生をひとりの「意見を持つ大人」として扱っているように見えました。
その姉妹の思いやりは、男子中学生をネネや近所の人と繋ぐことになります。
おそば屋のヨウムが見つめるもの
自身の人徳により、たくさんの人との人生を繋いだ10代の姉妹。
次第に成長し、いろいろなものが見えるようになりながら、読者をもあたたかい気持ちにしてくれます。
ラジオが好きで、おしゃべりが上手で、洋楽を歌いこなすネネ。
ニルヴァーナとレッチリを覚えるネネ。
「仕事」をいつまでも忘れないでいるネネ。
かわいいネネ。皆に愛されるネネ。
賢いヨウム、ネネの中に、周囲の人の人徳は与えられる形で積み重なっていると思います。
たくさんの世話役を介して毎日を過ごしているネネの世界をみてみたかったなと思っているのは、私だけではなく理佐、律の姉妹も同じでしょうか。
ネネはあなたの中で、何色のヨウムですか。
どれくらいの大きさをしたヨウムですか。
これぞ読者の中で、作品のカラーががらりと変化するポイントだと思います。
文:東 莉央

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