エッセイ 『鶏卵の延べ棒』 小井川つばめ 

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鶏卵の延べ棒

私はかなりの卵フリークを自称している。
栄養価、味、調理における汎用性、どれをとっても卵に勝る食品がないからだ。
だから、冷蔵庫に卵が入っていないと落ち着かない。
不安になる。
仕事を終え、家路についている今、冷蔵庫に卵がないことを思い出して小さく怯えている。時刻は22時を回ったところだ。

自宅近辺はファミリー層の居住者が多いので、卵が品薄な今、この時間帯に卵を手に入れるのは困難なことが多い。
その事実を認識した上で、意味もなく小走りでスーパーの自動ドア通過し、卵コーナーを目指す。

案の定、卵コーナーのラックはガランとした状態だった。
「やはりダメだったか」と絶望で膝から崩れ落ちそうにったその時、隅の方に2つだけ、6個入りパックのものが陳列されているのを発見する。
ハッとして近づき、慌てて手に取るとそのパックには、黒字の背景に金の縁取りの白い文字で『産地直送 平飼いたまご 〜飼料にもこだわりました!〜』と、禍々しいデザインのフォントで書かれたプリントシールが貼られていた。


いつも購入している卵と明らかに様子がちがう。

私は『産地直送 平飼いたまご 〜飼料にもこだわりました!〜』 を両手で持ったまま、恐る恐る値札を見る。

『¥498 (税込 537円)』

『産地直送 平飼いたまご 〜飼料にもこだわりました!〜』を持つ手が小刻みに震えはじめた。
さすがに、高すぎる。
10個パックならまだしも、6個だ。6個なのだ。10個から4個も少ないのだ。
1日1個で過ごしたとしても、1週間もたない。
さて、どうする。
手の震えを必死で抑えながら、脳内の財務大臣に決断を迫る。

結局、レジ袋も無駄に購入し『産地直送 平飼いたまご 〜飼料にもこだわりました!〜』を
持って、スーパーを後にする。
後悔は、ない。

翌朝、早速『産地直送 平飼いたまご 〜飼料にもこだわりました!〜』を食すことにする。
考え抜いた結果、卵焼きにすることに決めた。
6個しかないので、いつもなら2個使うところを、1個で作ることにする。
調味料を丁寧にいれ、白身を切りながらさらに丁寧に混ぜる。
そしてそれを、熱した卵焼き器にいっぺんに流し込む。
いい塩梅で火が通った頃にくるっと巻き、ひっくり返して形を整える。

使い込んだ檜のまな板に下ろしたそれは黄金に輝いていた。
まさに、金の延べ棒。
いや、鶏卵の延べ棒だ。

さすがに、延べ棒に包丁をいれるのは憚れる。
私は、豆腐餻を食すようにちみちみと、箸でそれをつつき、ちみちみと味わうのだった。

味は、よく、わからない。

小井川つばめ

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