王谷晶/君の六月は凍る ブックレビュー

レビュー/雑記
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世界最速レビュー#11 王谷晶著『君の六月は凍る』

2023年6月7日ごろ、王谷晶新刊『君の六月は凍る』が発売されます。

「世界最速レビュー」シリーズとは発売日まもなく、書店員がその小説の見所をたっぷりお伝えする連載です。

朝日新聞出版 最新刊行物:書籍:君の六月は凍る
三十年前に別れたままのきみが凍死体となって発見され、わたしの中であの町での思い出が甦る―― 文芸界最注目の新鋭が、前代未聞の手法で叙情的に紡ぐ、切ない恋情。 ...

三十年前に別れたままのきみが凍死体となって発見され、わたしの中であの町での思い出が甦る――
文芸界最注目の新鋭が、前代未聞の手法で叙情的に紡ぐ、切ない恋情。
貧困・警備員オタク女生活を半私小説的に描く「ベイビー、イッツ・お東京さま」を併録。

「君の六月は凍る」――30年前に別れた君が凍死体で発見されたと聞き、わたしはあの町での君との記憶を呼び覚ます。鶏小屋の前で、私たちは会っていた。お互い孤独だったわたしたち、初めて訪ねた君の家にはZがいた。学校の鶏小屋で生まれたばかりの鶏の子供を、君はある日連れて帰った。「鶏に名前はいらない」しかしある日、養鶏場で鶏の病気が発生する――わたしは忘れない、別れの時に、君があげた叫び声を――。
名前につきまとう性別のニュアンスをあえて削ぎ落とすという試みを、叙情豊かに描いて絶賛を浴びた傑作。

朝日新聞出版

王谷晶新刊『君の六月は凍る』

小説『君の六月は凍る』はひじょうに登場人物が少なくすっきりとしています。

とても静かな文体で語られるのは、ひらがなの「わたし」から漢字で書いた「君」へ語りかけるような物語。

「わたし」と「君」は深い中ではなかったけれど、長い時間を一緒に過ごした仲なのだと『君の六月は凍る』

全編より読み取ることができます。

『君の六月は凍る』の何より特徴的な点は、登場人物の名前が一切出てこないことです。

「わたし」と「君」以外の人物も登場はするのですが、決して名前が出てきません。

多くはアルファベットを振られて記号化されています。

唯一登場するそれらしい大人、学校の先生も「Bの担任をしていた先生」といった書き方をされています。

「わたし」と「君」以上に不確かな登場人物たち。

『君の六月は凍る』では固有名詞をまったく出さずに語り続けることで、読者に幻想的でふわふわとしたイメージを植え付けます。

登場人物(?)・J

散歩をするような生き物で「わたし」が飼っているJ。

これを初め私はおそらく犬だと想像したのですが、もしかすると著者の玉谷さんがこの幻想世界の中で作り上げた少し変わった生き物かもしれないな、とも考えました。

そんなことを思っているときに「J」は大きな犬でしたが、「子供のわたしの歩みに合わせてくれる、賢く優しい犬でした。」という描写が差し込まれます。

あえて記号化をした生き物に対して、「賢く優しい」という性格が与えられています。

この場面で私は、『君の六月は凍る』とは極めて現実的で、とても静かな物語なのだなと感じました。

「君」と鶏とZ

異彩を放つモチーフは鶏だと思います。

学校の生まれたてのひよこを家まで連れて帰ってきてしまう。

この謎の行動をとる少年もまた、謎の暮らしをしています。

もしかすると兄と弟と2人暮らしをしていて、まともな食生活や文化的暮らしを送っていないのかもしれません。

そのような者が小さな命に興味を持ったことを、私はとても不思議に感じていました。

小さな命を傷つけてしまうような行動をとるのではないかと心配をしました。

実際には守り抜いて、丁寧に育ててあげる様子が描写されています。 

「君」と「君」の兄であろうZとはどういった兄弟なのでしょうか。

私の中では解像度がどうも上がらず、モヤモヤと考えさせられるばかりです。

『君の六月は凍る』は回想の物語

重要なのは、「君」と「君」の家族や兄弟についてが「全て回想シーンで語られる」という点だと思います。

今、改めて主人公の「わたし」が疑問に思ったところで、なにかを確かめに行く術がないということです。

つまり読者の私が何となく不思議だと感じモヤモヤしているだけではなくて、著者の玉谷さんが「モヤモヤさせるためのモチーフ」としてこの2人を書かれたのではないかと想像しています。

同じように「わたし」とBの姉妹関係や家庭のこともあまりはっきり出てきません。

『君の六月は凍る』は、兄と弟や、姉と妹とは「つまりどういうことなのか」を語りたかった小説なのかもしれません。

凍った君の六月

謎に包まれたような「君」のことは、タイトル中で「六月」が「凍る」と表されています。 

私はこのタイトルを、不思議でもやもやとしたものが凍って、そのまま二度と回答(解凍)をすることができないという意味なのかなと解釈しました。

とても難解な小説ではありましたが、非常にいろいろなことを考えて楽しませてくれる小説でした。

様々な方面に遠くまで連れて行ってくれる物語だと感じます。

それは答えがぴたりと与えられた道ではありません。

そして一方向ではなく、多方向へ渡っていきます。

あれについて考えているうちに、これについても気になってくる。

そんな小説の醍醐味を味わうことができる、極上の小説。

それが『君の六月は凍る』という王谷晶の新刊なのではないでしょうか。

無駄な飾りや装飾の一切なく、ただ静かに語られる小説『君の六月は凍る』。

イメージにぴったりの装画とともにお楽しみください。

文:東 莉央

東 莉央

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