桜庭一樹/彼女が言わなかったすべてのこと ブックレビュー

レビュー/雑記
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書店員がおくる世界最速レビュー#10 桜庭一樹著『彼女が言わなかったすべてのこと』

2023年5月29日月曜日ごろ、桜庭一樹新刊長編『彼女が言わなかったすべてのこと』が発売されます。

「世界最速レビュー」シリーズとは、発売日まもなくに書店員がその小説の見どころをたっぷりお伝えする連載です。

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小林波間、32歳、先日偶然再会した大学の同級生中川くんと、どうやら別の東京を生きている。向こうの世界では世界規模の感染症が広がり――NEW桜庭ワールドに魅了される傑作長編!

河出書房新社

小説『彼女が言わなかったすべてのこと』

一人ひとりが同じ地面にそれぞれ存在しているわけではなくて、

「わたしたち」が少しずつ関係しながら生きている。

小説『彼女が言わなかったすべてのこと』は常にそうした認識のもとに物語が進んでいきます。

「自分が良ければそれでいい」という考え方にはとても限界があるのだと、訴えかけてくるようです。

小説『彼女が言わなかったすべてのこと』では近年、実際に我々が経験した世の中の事象が数多く起こります。

あなたにもきっと思い当たる事象が登場します。

当時のあなたは、その時何を考えていましたか?

どんな行動を取りましたか?

『彼女が言わなかったすべてのこと』は、時間が少し経ったからこそ見えてくる自分の未熟さに向き合うようにと、語りかけてくる小説です。

パラレルワールド構造の意味とは

『彼女が言わなかったすべてのこと』で主人公の波間はコロナウイルスのない世界にいます。

パラレルワールドにいる主人公の友人に、「コロナウイルス」という大変な病気が蔓延している事態を聞かされ驚くのです。

序盤の主人公は、俯瞰したようにパラレルワールドの世界を見つめています。

確かに首相が会見をして、緊急事態宣言を下すほどになる大変な感染症が流行るとはにわかに信じがたい話でしょう。

けれど『彼女が言わなかったすべてのこと』で桜庭一樹の書く主人公は、けしてコロナウイルスを突っぱねるのではなくて「向こうの世界ではどうなってしまっているのか」を常に気にしている様子です。

遠くから、冷静に物事を見つめるその姿勢は「寄り添っている」とも言えるほどです。

友人からコロナウイルスの知らせをいた後に起こることは、主人公の波間も自分の世界で身をもって経験していきます。

コロナウイルスだけを、波間は経験しないのです。

どうしてはじめのひとつだけ、パラレルワールドのような「向こうの世界」で起こるように、著者の桜庭一樹は設定したのでしょうか。

冷静に距離を置く

なぜ、「コロナウイルス」のみを、著者の桜庭一樹は遠くの世界で起きることと設定したのか。

この設定により一度離れたところから見つめたことで、主人公・波間も、私たち読者も、冷静に物事を考える準備が整うのではないでしょうか。

著者はその効果を狙ったのではないでしょうか。

読者にとっては確かに、少し前に経験したパンデミック。

当時は気がつかなかったことも『彼女が言わなかったすべてのこと』を通して考えていけたのではないでしょうか。

『彼女が言わなかったすべてのこと』のなかで「コロナパンデミックを知らない主人公」を読みながら、はっとする点があるのではないでしょうか。

「あのときの自分はこころが窮屈だったな。」

「自分のことしか考えられていなかったな。」

そう反省して見つめ直すことができる準備の章。

それがパラレルワールドで起こったコロナウイルス騒動を書いた章だと思いました。

そこから読者は『彼女が言わなかったすべてのこと』を読み進めながら、主人公の波間と共に、色々なことを考えていくことになるでしょう。

このパラレルワールド構想は、著者・桜庭一樹が我々読者に与えた効果の1つなのです。

身に覚えのあることだらけの小説『彼女が言わなかったすべてのこと』

そう遠くないある日に実際に起きたことが次々と登場する小説『彼女が言わなかったすべてのこと』。

そんな『彼女が言わなかったすべてのこと』はきっと、その時々の自分を振り返るきっかけとなります。

『彼女が言わなかったすべてのこと』で主人公は、「オーディエンス」という立場について熟考する場面が多々あります。

この「オーディエンス」について考えてみたいと思います。

被害者と加害者

小説『彼女が言わなかったすべてのこと』では、トラブルや傷害事件が起きたときに、テレビで「被害者」や「加害者」について語られる場面が多くあります。

インターネットの中でも「被害者」について言及する声や、「加害者」について言及する声。どちらも多く見かけることとなります。

「被害者」と「加害者」。

どちらかの味方についたり、またはどちらかを擁護したりするような発言が主人公・波間にはなんだかちょっぴり気になってしまったようです。

たしかに私も主人公・波間の考えを読みながら「これは、被害者と加害者をクローズアップして語るべき問題なのかな」と思いました。

私たちが選挙で選んだ人々が集まって政治をして、首相だって選挙で選んでいます。

政治が世の中のお金の回りかたや、法律や、福祉などの決定をしています。

なら、時に政府が不思議な決定をしたとしても、少なからず国民にも「不満な決定」に対する責任はあるのでしょう。もちろん微力ではありますが。

選挙に行かない人も、そもそも「参加しなかった」という責任があります。

買い物をするときには、あなたが類似の商品の中から1つを選んでお金を払うことになります。

支払われたお金は、その商品を製造する環境や製造している団体に届きます。

つまりどういった商品に儲けが出るかという傾向は、社会作りに大きく関係しているはずです。

もし、賞賛できるべき製品がなくなった場合、それは我々消費者の責任でもあるのです。

『彼女が言わなかったすべてのこと』で主人公の波間が考えることは

やった人が悪いとか、

そこにいた人が悪いとか、

そういった次元の話ではありません。

自分と他者との境を得られる事はなく、つながりを感じながら生きていくこと。

そして微々たる事ながらも、一人ひとりの行動が実は影響力を持っているということ。

『彼女が言わなかったすべてのこと』はそういった意識を刺激してくる小説です。

平等ではない世の中を生きる

基本的に世の中は平等ではないかもしれないと『彼女が言わなかったすべてのこと』を読んでいると思わされます。

では、自分が優遇されて気分の良い立場になるために、目先の他者を蹴落とすことを考えるのか。

少し時間はかかるかもしれないけれど、みんなで負のスパイラルを抜けようと努力するのか。

後者が圧倒的に望ましいと思うのですが、人のことを考えられないほどに、現在の現象はひっ迫しているのですよね。

わたしでなくて「わたしたち」。

『彼女が言わなかったすべてのこと』小説半に登場する「忘れてしまったとしてもお互いに影響し合っているのではないか」という考え方を、私はとても素敵だと思いました。

あなたはどう思いますか?

文:東 莉央

東 莉央

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